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ライオンとウサギ 92

ウサギ

 獅王が授業をサボって会いに来てくれて、仕事中なのにキスなんかしちゃったものだから、その辺りの場所を見るだけで雪兎は恥かしくなってくる。
 今まで仕事中までプライヴェートの事を考えるとかという事はあまりなかったのに…。

 付き合ってた相手と別れた時だって淡々と仕事が出来たのに、獅王との事は思い出すだけで顔が火照ってきそうになる。
 きっとこれから先もあのキスした場所はずっと雪兎の中に残るのだろう。
 …だけど、それが嫌じゃないんだ。

 今までは仕事中に付き合ってる相手から電話とかあっても普通にスルーしたし、そもそもそんなに電話もメールも気にした事はなかった。
 獅王は雪兎が仕事中は電話に出られない事は分かっているからメールを入れておいてくれる。
 昼休みや休憩時間にメールをチェックして、が雪兎の日課になってしまっていた。

 今までは本当に全然こんなに携帯を気にする事もなかったし、雪兎の方がその気になったら返す、という感じだったのに、獅王のだけはやっぱり違う。
 同僚を昼を食べに外に出てメールをチェックすれば会ったばかりの獅王からメールが入ってた。

 ちょっと補充できたけどやっぱ足りないとか、雪兎の顔が赤くなってしまいそうな事が書かれてて口元を覆っていると向かい側に座っていた同僚がそんな雪兎を見ていた。
 「穂波って彼女できた?」
 「…え?」
 「最近メールチェックとかマメだよね?」
 同僚がにやにやしながら聞いてきて雪兎はどきりとしてしまった。

 「べつ、に…そういう…んじゃ…」
 だいたいにして彼女じゃないし…それ以上突っ込まれて聞かれたら困る。
 「隠す事ないだろう?穂波の彼女になるならすんごい可愛い子なんだろうなぁ」
 いいなぁ、と羨ましそうな顔をする同僚に雪兎はどう答えたらいいのか…。可愛いというか、すんごいかっこいい、なんだけど…。

 でも雪兎が聞いて欲しくないと身構えたのが分かったのかそれ以上突っ込まれる事もなく雪兎はほっとしてしまった。
 「あれ…穂波?」
 今日は同僚とランチという事で外に出ていつもと違う定食屋にきていたのだが、頭の上から別な声が聞こえた。
 「え…?」
 「穂波…だよな…?」

 「あ……!い、市原…?」
 「そう!久しぶり!変わらないなお前!」
 市原が嬉しそうににかっと笑って雪兎を見た。
 「高校以来…だな…?」
 笑顔を見せた後今度はどこか複雑そうに苦笑しながら市原が雪兎を見て雪兎はこくりと息を飲み込んだ。

 「あ、なぁ今日夜会えないか?久しぶりに会ったし…ちょっと話したい事も…」
 話したい事?今更?
 雪兎の表情が固くなる。
 その雪兎の顔を見てだめか?と市原が聞いて来たが雪兎には今ちゃんと信じられる相手がいるのだから大丈夫なはずだ。

 「…いいよ」
 「あ、じゃ携帯教えて?何時位に仕事終わる?穂波に合わせるから」
 市原もスーツ姿でやはり同僚と昼を食べに来ていたのだろう、雪兎と話している市原に市原の同僚らしい男が席とっとくぞ、と声をかけて市原が返事している。
 「七時位…かな…」

 「職場この近くか?俺は営業でこの辺に来てたんだけど」
 「まぁ…」
 携帯の番号を交換しながら市原が平然と話しかけてくる。雪兎はどうしても動揺してしまうのに…やはり市原にとって雪兎はあっさりした存在だったに違いない。
 「じゃ七時過ぎたら電話する。いいか?」
 「…分かった」
 雪兎は頷きながら生唾も飲み込む。

 あっさりと市原は笑みを浮べながら雪兎から離れ同僚の方へ戻って行った。
 「なに?同級生?」
 雪兎の同僚が定食をかきこみながら聞いてきて雪兎は頷いた。
 「そう。高校以来会ってなかったんだけど…」
 「そういう奴に会うと懐かしいとか思っちゃうんだから年取ってきてるんだよなぁ…」
 曖昧に雪兎は同僚の言葉に頷いた。

 懐かしいというよりも雪兎にとっては苦いとしか思えないのだが…。
 でもそれも変わるのだろうか…?
 獅王に電話したい。獅王の声が聞きたい。
 今更市原に会ってもどうにもならないのは分かっているけれど。雪兎の中でずっと止まっていたものが動き出すきっかけも欲しいと…雪兎は市原の会いたいという言葉に頷いていた。

 あの場で会いたくないと断るのも変だから…。同僚もいたし、と自分の中で獅王に言い訳をする。
 獅王はなんて言うだろう?会うな、って言うだろうか…?
 でもそれを確認する気は雪兎はなかった。
 

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