ウサギ
「もしもし…?」
丁度仕事を終え図書館を出たら市原から電話がかかって来た。
『仕事終わったか?電話大丈夫?』
「…ああ」
あのにかっと笑うところも何も市原は変わってはいなかった。
『今昼間会った定食屋の近くの駅に着いてるんだけど?そこで間違いなかったか?職場近いって言ってたし』
「ああ…。今向かってるから10分かからないで着く」
『じゃ待ってる』
そういって切れた電話。
そして雪兎は入っていた獅王からのメールをもう一度確認した。
今日は例の留学生に付き合ってコンパに行く事になって電話が難しいかも…と入っていたのだ。
昼間に獅王と会ってキスもして今日の分は補充済みだからそれはいいのだが…。
雪兎も歩きながら自分も高校の時の友人と会う事になったから気にするなと返した。
友人…?
違う…。
未だに苦々しい思い出だ。
高校の時は一緒にいるのが自然に思えていた。一緒のクラスになって母親が仕事で帰りが遅かったから学校を終えてからも雪兎の住んでいたアパートに入り浸るようになって…その時にはもう雪兎は自分が市原の事をそういう目で見ていたのを分かっていて、ふとした瞬間に目が合ったらそういう事になっていた。
好きだと微かに自分から小さい声で言って市原はうん、と頷いただけ。
言葉は何もなかったけれどそれでも市原の態度は雪兎を大事にしてくれている事が伝わっていた。
…伝わっていたと思っていた。思い込んでいただけだろうか…?
高校三年の時に母親が亡くなってばたばたしたまま受験シーズンに入り、家の事でも色々あって会わない時期が続いたけれど、落ち着けば元通りになると思っていたのに市原とはそれきりになった。
母親の事が落ちついてから部屋にも呼んだのに忙しいんだ、と断られたのが何度かあってじゃあ忙しくなくなったらと雪兎が待っている間に携帯の番号も替えられ高校を卒業したらフェードアウトされた。
ああ、そうなんだ、と諦めたのは雪兎も大学に通うようになってからだった。
変わらないと思っていたのは自分だけだったのだ。
可笑しくて笑ってそして泣いた。母親もなくたった一人で。
今なら…分かる…。獅王だったなら…母親を亡くした雪兎を獅王だったらきっと一人にはしない…はず。
その市原が今更雪兎に話がある?
駅に向かい雪兎が市原を探してきょろきょろと見渡せば雪兎と同じようにスーツにコートを羽織った市原の姿を見つけた。
ちょうど市原も気付いたらしく雪兎に手を上げた。
「今日の今日で急にごめん」
「…別に」
「どっかで食いながら飲む、でいい?」
「……ああ」
どうせ獅王がいない今は帰っても一人だ。雪兎が頷くと市原が知ってる店でいいか?と確認して来たので雪兎も頷き電車に乗って場所を移動する。
電車で開く微妙な距離。混んでいる電車でも市原の体とぶつかる事はなかった。獅王だったら…混んでいるとこれ幸いと雪兎を抱え込むように密着してくるのに。
一緒にいるのが市原なのに雪兎が考えるのは獅王の事ばかりだ。
それに市原の顔を見ても平静だと自分でも思う。
…獅王のおかげで…きっと信じて前に進もうと思えたから平気になったんだ。
「…なんだ…そっか…」
雪兎は独りこっそりと呟いた。ちゃんと市原の事は雪兎の中では過去になっていたんだ。
「穂波」
降りる、と言われて市原の後をついて電車を降り、店に案内されるままついていく。
こうやって誰かと飲みに行くのも久しぶりだ。しかも一人でいたころはそういう店で相手を探す目的だったけれど獅王といるようになってからはそんな事も皆無だった。
連れて行かれたのは程よいざわめきのある居酒屋だった。
「料理うまいんだ」
「ふぅん」
獅王とはこういった店には出かけない。なにしろ獅王はまだ未成年だ。…見えないけど。
顔が緩みそうになって雪兎は口元を隠した。
どうにも昼間キスなんかしてしまったからか余計に獅王の事ばかり考えてしまう気がする。
それに…セックスも…三日と空けずにしてたからか体が疼くような気がする。…とはいっても勿論獅王以外の相手など今はもう考えられない。
たとえ過去に経験のある相手だって今はもう獅王だけでいいと改めて市原を前に思えるのだから…自分の気持ちを再確認できたようなものだ。
市原といるのに、こんなにも獅王に会いたい、と思ってしまうんだ。
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