side 悠
どうして、と答えを聞いてくるのはずるい。
悠は顔を顰(しか)めている永瀬を見てふっと笑った。
日は長くなっていてまだ夕暮れ。
暗くなっていたらきっと表情は見えなかっただろうけれど明るいのでまだ見える。
楽しかった。
久しぶりに。
悠は顔を俯けた。
もうバレーが出来ないと思ったのに、いやしない、と決めてたのに。
昨日からずっと高揚した気持ちが続いている。
それもこれも全部永瀬のせいだ。
もう気持ちを止める事など出来はしないだろう。
ふっと悠は表情を緩める。
「…永瀬、ありがとう」
駅に着いたところで悠が永瀬の顔を見た。
「ああ」
「でも本当に普通の時はこんな事いいのに」
「……分かってる。けど、礼はいいから。俺が勝手にしたいだけだし」
「…それでも永瀬は俺のせいでわざわざ遠回りになってるから」
「別にそれ位は…。じゃ、明日な」
「ああ。明日」
永瀬と手を振って別れる。
永瀬は全日本にいってもおかしくない選手だ。
いやこのままいったらきっとインターハイに出なくても声はかかるはず。
自分の答えは決まってるからいい。
でも永瀬は…?
逃してやる?やらない?
心が揺れる。
永瀬の事を考えれば勿論逃してやるべきだ。
でも、目の前にいるのだ。
しかも永瀬が悠に対して微妙な態度をするのにも期待をしてしまっている自分がいる。
永瀬の気持ちが自分を向いたらきっと拒絶は出来ないだろう。
目の事で同情と心配というのが今は大半を占めているだろうけど。
…それだけだったら自分は傷つくだろう。
でも後悔はない。出来なかったはずの事がこうしてできたのだ。
先の事だってだどうなるか誰にも分かりはしないのだから。
電車に揺られながら家に帰る。
久しぶりに身体を動かした後。
悠はじっとぼやけて見える自分の手を見た。
自分の見えている風景が、見え方は多分普通の人と違うのだろう。
自分では普通の事だったけれど。
それでも小学校中学校途中までは今よりも見えていた。
これはさらに悪化するのだろうか?
謝る母親に帰ってこなくなった父。
悠のせいで家はおかしくなったのか?
目が普通だったら普通のままだったのだろうか?
でもそんな事を言っても変わりようはないのだから仕方ないけれど。
ふぅと悠は溜息を吐き出した。
「ただいま」
「おかえりなさい。目はどう…?」
「…変わりないよ」
靴を脱いでさっさと自分の部屋に向かう。
目を気遣われるのが正直辛い。
毎日、毎日…。
見えにくい日はさらにそれにごめんなさい、という母親の言葉が何回も重なるのだ。
「バレー、どうだったの?」
後ろから追いかけてきて聞かれた。
悠は階段を登りかけた足を止めた。
「…まぁ、それなりに」
選手でスタメンは無理だから、とは当然のことだがそれを言ったらまた謝られそうで言わないでおく。
「そう…」
ほっとしたような母親の顔。
悠はそのまま自分の部屋に向かい、ドアを閉めてまた息を吐き出す。
なんで家でこんなに気を遣わなきゃないのか。
学校の鞄を開けて決まった所に必ず仕舞う。
そうじゃないと見えなくなった時に困るから。
小さな細かいものなどは手元でも見えない。
どうして、と思ったって仕方のない事だと思うが、何故自分が、と思ってしまっても罰はあたらないだろう。
机の椅子に座って背もたれに背を預け、上を向き手で目を覆った。
でも久しぶりに楽しいと思えた。
やっぱりバレーをするのは好きなのだ。
永瀬がいた事でこうなったが、そうでなければ気付けなかった事。
妙に達観した気持ちでいたけれど、やはり心のどこかでは燻りはあったのだろう。
スタメンも何も望んではいない。
目は中学の時より格段に悪くなっている。
でも、バレーが出来る。
あの県の大会で当たった時よりさらに永瀬は背も伸びたしスパイクの威力も増していた。
今まで目の事で恨んだことなどなかったが、あれを見て、そして昨日、今日の自分の思ったとおりの事、思い描いたコンビネーションが出来る事に震え、そして初めて目を恨んだ。
今だけでいい、見えれば、…。
思わず思ってしまった。
どうしても永瀬がいるだけで悠の中に嬉しさと葛藤が出てしまう。
テーマ : BL小説
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