高校総体まではあっという間だ。
ゴールデンウィークも返上で練習に励んだ。
3年生曰く初めてこんなに練習したそうだ。
今年の一年も一応全員が中学でもバレーをしてきた奴らばかりだったのでそれなりに形にはなっている。
杉浦が審判役をしながらフォーメーションやトスのタイミングなど注意していく。
大海は毎日目は?と聞きたいところだがそれを聞くことをあえてしなかった。
もし自分だったら嫌になってきそうな気がしたから。
それでもあの、まるきり見えなかった時の杉浦を知っているので大海は気をつけては見るようにしていた。
網膜からの出血によって視界が遮られるらしく、毎日見え方が違うらしい。酷い日と比較的出血が少ない日と色々らしく体調などによっても変わってくるという話だった。
杉浦の見える世界はどんな世界なのだろう?
大海にはきっとずっと分からないのだ。
でも杉浦にとってはそれが普通の日常。
ずっと見ていると杉浦の見えやすい日と見えない日が分かるようになってきた。
顔の角度をしきりに変える日は見えない日。
出血によって、赤や黄色、茶色が視界に広がるらしいが、その隙間からものを見ようとしているから。
「杉浦、休んでろ。キャプテン、今日杉浦は動かしちゃだめだ」
出血が多い日はなるべく安静にと言われているというのも聞いていたので、大海は杉浦の腕をとってステージの上に連れて行く。ステージの前にはネットでボールがステージに飛んでいかないよう遮ってあるので万が一ボールが弾いても杉浦にぶつかる事はないだろう。
「階段気をつけろ。…お前、今日見え方悪いだろ。それも結構なかんじで」
大海は杉浦の腕を掴んだままだ。
「……ん」
杉浦が小さな声で返事し、頷いた。
「そういう時は言えって言ってるだろ」
「……言わなくたって永瀬は…分かる、んだ……?」
「…見てるからな。とにかく休んでろ。ここ座ってろ。危ないから移動するな」
「……そこまでひどくない」
「いや、今日はひどいはずだ」
杉浦が黙る。
「大人しくしていろ」
「……分かった」
ステージの端の方に座らせて大海はコートに戻った。
「すんません」
「…今日、ひどいのか?」
「かなり。あいつ言わないし」
「さすが旦那。…だけどな…」
皆が黙る。
どうしたって考えさせられてしまう。
「さ、声出して!杉浦の分も俺達が頑張らなきゃないんだ!」
渡部が声を出した。
「そういうお前が一番頑張らなきゃないんだろう!」
「そうそうどうしたって杉浦の足元にも及ばないし!」
「うるせぇっ!そんな事言ったっていくら頑張っても始めから無理に決まってる」
「威張るな!」
野次がとんで笑いが起こる。
ちらとステージ上の杉浦を見ると野次に顔が笑っている。
バレーに誘ってよかったのか、と今でも大海は悩むときがある。
達観したような杉浦に頭を掻き毟りたくなるときがある。
喚きたくなる時がある。
なぜお前が!と。
あんなトスするセッターなんて見た事ないのに。
大海は中学の時も全国区の合同練習などに参加した事もあった。
でも杉浦のような天性のセッターには会わなかった。
杉浦が今まで選抜に選ばれていない事の方が不思議だった。
誰が見たって別格だろうに。
どうも杉浦の所属していたチームがいままで弱すぎたらしいのが響いているんだろうけど。
杉浦の分も…。
それが口に出さなくても全員の心にあった。
今までのやる気のなかった部活が杉浦が入っただけで一気に変わったのだ。
練習を終えて大海はステージの杉浦に手を貸して階段を降り部室に連れて行く。
「片付けして来るからお前は先に着替えとけ」
「ああ…悪い」
杉浦が顔を俯ける。
「謝るなって言ってるだろ」
大海は杉浦の髪をくしゃっとかき混ぜた。
すでに結わえていたゴムはとってあり前髪が垂れている。
その顔を屈んで覗きこんだ。
「な、なに?」
「綺麗な黒眼なのになぁ…じゃ、着替えとけ」
まるきり見えないわけではないらしいのに安心する。
「……永瀬、ありがとう」
「どういたしまして」
照れたような顔はしていないのだが、そう見えてしまうのに大海は口元が弛んでしまう。
やっぱり可愛い…に見えてしまう。
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