土曜日。
去年県でベスト8のチーム。上位常連校なので今年もほどほど強いはず。
「課題、覚えてますか?」
杉浦が声をかければ返事が上がる。
妙に皆にやる気があるのが大海は気に食わない。
じろりと杉浦を見れば杉浦は無表情でなんとも思っていないらしい。もし達成したら約束守ってキスするのか、それとも拒絶で一蹴するのか大海にも分からない。
「もてもて彼氏で旦那大変ね~」
にやにやしながら吉村が言ってくるので大海は吉村の頭を叩いた。
「うるせぇ」
相手はやっぱり先週より強かった。でも大海自身はやりやすい。
杉浦が出した課題のおかげで面白いようにスパイクが決まる。
ブロックはやっぱり甘いところがあってなかなか決まらない。
ブロックが決まって欲しいが今日に限ってはバカな約束があるからそれは困るという葛藤も浮かんでしまう。
試合になってしまったらそれも飛んでしまうけど。
立て続けに点数が取られて杉浦がタイムを取る。
「攻撃が単調になってます。渡辺先輩」
「ああ、すまん」
「いえ、その前のレシーブも低いんです。高くないと繋がらないので高めを意識して」
「っす」
「ブロックも悪くないのに決まらないのは腕が曲がってるから。練習でした事きちんと思い出してください。全然出てません」
なかなかいいと大海は思ったけど杉浦にはまだまだだったらしい。
それから持ち直しはしたけれどやはり1週間やそこらで劇的に上手くなる事はない。
僅差でやはり負けてしまう。
負けるのは練習試合でもやはり面白くはない。
それは誰もが同じで、相手チームが帰った後、片付けも黙々と黙ってこなしていく。
「永瀬、ちょっと」
杉浦に呼ばれたので大海は杉浦について倉庫の方に行った。
「杉浦?どうかしたか…?」
杉浦が永瀬の腕を引っ張ってマットや色々な物で死角になっている所に大海の腕をさらに引いていく。
「永瀬、屈んで」
言われるまま膝を屈める。
「す、杉浦っ」
杉浦が軽くキスした。
「ご褒美」
「……俺、70パー越えてた?」
「ぎりで」
顔が真っ赤になってるはず。
杉浦はじゃ、とさっさと倉庫から出て行く。
その顔はいつもと変わらないようで普通に見える。
まったく杉浦に振り回されっぱなしだと大海は苦笑が漏れてしまう。
相手校が帰った後ミーティング。
「あのさ、なんでそんなに静かなのか意味分かんないだけど?相手はベスト8以上が常連の所。負けたとはいえそれは僅差で練習試合でこれなら本番でもそれなりにいけると思うけど?」
杉浦が肩を竦める。
試合はフルセットで、しかもデュースが3セットもあってそれを落として負けたのだ。
「あと1週間でさらにブロック完璧目指して。課題クリアしたのは永瀬だけ」
「70越えたのか!?」
「随分決まるとは思っていたけど」
皆が驚愕の表情をする。そりゃ実際大海も自分で驚いた。
「それもアタッカーの課題があったから永瀬の決定率があがるんです。コンビが使えればかく乱できるからその分永瀬が決められる」
杉浦が冷静に静かに言った。
さっき杉浦が倉庫で大海にキスしてきたなんてきっと誰も思っていないだろう。
杉浦は試合に出る気がないのでいつもと同じように前髪もあげてないし眼鏡をかけたままだ。
「ちえっ!結局目標達成は旦那だけか」
つまんねぇ~、とか言ってる。食いつくのそこか、と大海はがくりと力が抜けそうになる。
「引き続き明日からも今週の続きで。ブロックが完成すれば必ず今日の相手には勝てますから」
「うっす」
すっかり杉浦は監督かコーチになっている。
なんだかなぁと大海は複雑だ。
「キャプテン」
着替えを済ませ、帰る間際に大海は青山を呼び止めた。
「インターハイの予選で杉浦を選手登録…」
「するよ」
キャプテンが笑った。
「考えてた」
「…ありがとうございます」
「こっちこそ礼を言う。ていうか杉浦の事でお前に礼言われるのもおかしいけどな。でも毎日面白い。今まで部活なんてだらだらただやってきただけだったが…まさかベスト8の学校にあそこまで普通に試合ができると思ってなかった。あと少しだが、ちったぁ夢見れるかも、って感じだ」
3年は予選で負ければ引退だ。
「ま、今年は無理でも来年以降も見てるから」
「…まだ今年終わってないのに早いっす」
「だな」
青山が大海の背中に拳を入れる。
「お前は頑張れ。そして有名になったら先輩には世話になったって言うんだぞ?」
「…世話なってません」
「このっ」
大海は青山から逃げて杉浦のところに戻った。
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