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2012.08.15(水)
「お前どんな子供だったんだよ。ピアノのリサイタルに堂々と一人で来るくせに海知らないなんて」
「…そう、だね」
怜が言うのも当然だ。
だが明羅はコンサートに行くのが普通の事だった。
「海…」
初めての波の感触。
「おいっ!」
「え?う、わっ」
思わず大きい波にハーフパンツまで濡れた。
「もうこっちきてろ。歩いてるうちに乾くから」
波打ち際から離れて怜さんと並んで歩く。
波の音。日が傾こうとする光。
明羅にはどれも新鮮だった。
「…ありがと」
小さく呟いた。
怜の誕生日なのに明羅が嬉しくてどうするのか、そう思いながらも初めての海に面映い。連れて来てくれたのが怜で、またそれもこそばゆいのだ。
怜の大きな手が明羅の頭の上に乗った。そして髪をごしゃごしゃとされた。
「うわ」
「髪べたべた。海水かかっただろ」
怜が笑ってる。触ってみると本当にそうだった。
「ひど」
直すのに必死になってるとまた笑ってる。
「また連れて来てやるよ」
怜がサングラスを頭に上げながら明羅を見てた。
「お前、普通の事全然分からないな?」
「……多分。だって何が普通かも分からない…」
「だろうな」
このデートみたいなのは何なのだろう?
明羅はそう思った途端に恥ずかしくて怜から顔を背け顔を俯けた。
男と女だったら確実にデートだろう。
じゃあ明羅と怜は?
兄弟には見えないだろうし…。
「明羅」
怜が明羅の腕を引っ張った。
「え?」
「危ない。ガラスの欠片だ。もう靴履いとけ」
怜の手が明羅に腕を掴んだのにまた明羅は心臓がどくんとなった。
やばい…。
明羅は黙って言われる通りにしゃがんで手に持っていた靴を履く。
「砂浜危ないから絶対ビーサンとか履かないとだめだ。…ビーサン分かる?」
「ええと…?」
「ビーチサンダル」
ああ、と明羅は納得する。
そして怜が話題を振ってくれた事に感謝する。
もうそうじゃないと明羅は怜を意識しまくりになりそうだ。
それから少し歩いてハーフパンツが乾いたので車に戻った。
もっといたい様な後ろ髪引かれるような感じだった。
「…いつでもこられるから」
怜が明羅の髪を撫でた。
なんか、頭撫でるの多い気がする。
そんなのされるのなんて小さな時以来だ。
怜にとったら明羅は小さい子と一緒なのかもしれないけど。
「…うん」
明羅は怜に促されて頷き、車に戻った。
夜ご飯は帰り道の途中のイタリアンの店に寄った。
「酒でも飲みたい気分だが運転手だからだめだな。お前免許は?」
「ん~まだ」
二月生まれだからまだ取れない。
「一応取っておけよ?」
「うん。そのつもりだけど」
「大丈夫かぁ?運動神経あるの?」
「………あんまりない」
怜はぶっとふき出した。
「見たまんま?」
「………どう見えてるか知らないけど」
「え~?お坊ちゃま君で、綺麗で、美人さんで、世間知らずで、上品で、庶民には見えないな。優雅に紅茶でも啜ってるのがお似合いな感じ。体育の授業なんて想像がつかん」
ぶぶっとまた笑っている。笑われるのは別にいいけれど、なんか言葉の羅列がちょっと変だと思うのは気のせいか?
豪勢なコース料理で、支払いはやっぱり怜がするという。
「あの、俺も自分で稼いでる金あるから、払う」
「いらない」
「だって…ちゃんと自分で…」
「それだっていらん。俺の方がずっと歳も上だし。いいから大人しくしとけ」
「だって怜さんの誕生日なのに…」
ふっと怜さんが表情を和らげた。
「それだって、毎年一人で誕生日も何も忘れてる。今年が特別な位だ」
うわぁ、と明羅は顔が火照ってきて思わず顔を俯けた。
目が、優しかった。
そんな目はだめだ、と怜にダメだししたくなる。
だってそんな目と顔で見られたら自分が特別だと勘違いしたくなる。
明羅の中で大きく怜の存在の意味は変わってきていたのだから。
始めからだめだ、と思ってた。離れられなくなると思ってた。
分かっていたのに。
ごめんなさい、と明羅は心の中で謝った。
ただのファン、ではもういられない。
ずっと欲しいと思っていた。
それは音のはずだったのに…。
一緒にいるようになってこの人が欲しくなって。
こんな風に思ってしまうなんて…。ごめんなさい。