「もったいなさすぎる」
片づけしながら光が大海に話しかけてきた。
「…そうだよ」
そんなの分かってる。
杉浦のセッターに光は度肝を抜かれたらしい。
そして事情も簡単に説明すると光と宙が顔を歪めていた。
それ以上光も何も言えなくなっている。言い様はないだろう。
そんな事ここにいる誰もが分かってる。そして一番悔しいのは杉浦だ。
「……わり、ちょっと抜ける」
大海は杉浦が戸惑っているのに気付いて走って近づいた。
「杉浦」
「あ、永瀬」
ほっとしたような杉浦の声。
「また見えなくなってるか?」
「……ちょっとだけ。今急に…」
「ちょっとじゃないだろう。こっちこい」
大海は杉浦の肩を掴んでちょっと抜けるぞ~と声をかけて部室に杉浦を連れて行った。
「どんくらい?」
「70%位、かな…」
半分以上見えないのか。
「すぐ呼べって言ってるのに」
杉浦が顔を俯ける。
「ま、いいけどな。着替え、出来るか?」
「大丈夫」
「じゃ、しとけ。帰りもついていってやるから」
「え?いいよ」
「いいから。とにかく着替えとけ」
「…ん。ありがとう」
大海は杉浦の頭を撫でた。
ん?今部室には誰もいない。片付け中で誰も来ないはず。
「永瀬っ」
素早く杉浦の唇を掠めると杉浦が慌てたようにしたのにちょっと満足した。
「チャンス!だろ?じゃ、着替えとけよ」
大海はすぐに体育館に戻った。
「杉浦また?」
「ああ。さっきまでは何でもなかったらしいけど、急にって」
何度も部員は杉浦が見えにくくしている所を見て分かっているのですぐに状況を把握する。
「…なんで杉浦がなぁ…」
はぁ、と渡辺が溜息を吐いた。
「俺らよりも杉浦が一番もどかしいだろうけどな…しかしさすが旦那。すぐに分かるのな」
「………旦那はいいから」
はぁ、と大海が溜息を吐き出す。
最初は冗談だろうはずだったけど今じゃ動揺しないようにしなきゃない。
「それ、なに?何回も皆に旦那って言われてるけど」
光が不思議そうに聞いてきた。
「おお、聞いて驚け。大海は杉浦の旦那なんだ」
吉村が得意げに胸張って言うのに大海はがくりと力が抜ける。なんでお前が威張る?
「は?」
光と宙が目を丸くしていた。
「はいはい」
下手に慌てて否定する方がおかしいので大海も流すようにしている。
あちこちでそれを聞いてぎゃははと笑い声が聞こえる。
「ほんとだよな~」
「毎日送り迎えだし?」
「……ほっとけ」
「なぁ、まじ、なの?」
光が真面目な顔で聞いてきたのに大海は驚く。
「ああ~?何お前も皆の話にマジになってるの?」
「いや、ちょっと杉浦いいな~と思ったし。なんつったって髪上げた時やばくない…?」
光がこそりと大海にだけ聞こえるように言ってきた。
「…お前、男……好きなの?」
大海は怪訝の目を光に向けた。こいつマジ?だとしたらダメだ!
「いいや?どっちでも」
あっけらかんと光が答えるのに大海は脱力する。
「杉浦はダメ」
「……あ、マジなんだ」
「とにかくだめ」
「…ふぅん。俺はいいけど、宙はどうかなぁ?」
「あ?」
光が宙を見ていたのに大海もモップをかけながら視線を向けた。
「あんなに宙が自分から誰かに話しかけるのって初めて見たから」
勘弁してくれ…。
大海が眉間に皺を思わず寄せてしまうと光はそれを見てにやりと笑った。
「面白そう」
ぷぷっと光がふき出してモップかけながら走っていった。
嘘だろう、と大海は走っていった光と黙ってモップ掛けする宙を見た。
「杉浦、帰るぞ」
杉浦の傍にいる時の定位置右側に大海が立った。
皆でぞろぞろと外に出る。
皆自転車組で、双子も自転車だったのに大海はほっとしてしまった。
「じゃ、明日~」
「杉浦気をつけてな~」
「ありがとう。明日」
杉浦も手を振って答えている。
「…杉浦は電車?」
「そう」
宙が杉浦の脇に来て聞いて来る。宙、行くよ!と光の声にじゃ、と宙は大海をちらと見て、大海にもじゃ、と声をかけて自転車に跨った。
自転車組がさっといなくなったのに大海はほっとしてしまう。
もう髪を下ろしている杉浦を見てはぁ、溜息を吐き出してしまう。
「……永瀬…?」
杉浦が大海の溜息にか不安そうな声を出した。
大海は杉浦の肩を組んだ。
「…俺、うぬぼれていい、んだよな…?」
「永瀬?」
杉浦から答えはまだもらっていないのだ。
テーマ : 自作BL小説
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