side 悠
うぬぼれていい、って…。
悠は永瀬が答え、返事の事を言っているのに気付いた。
当然の様に永瀬はいてくれるけれど悠はまだちゃんと好きだとは言っていない。
いつから、なんて分からない。
去年のスパイクから永瀬は悠の憧れといっていい存在だった。
目が悪くなければきっと一緒にコートに立つ事に焦がれただろう。
でも自分の目はこれで、きっと永瀬はバレーの強豪校に行くだろうと思い、バレーがそんなに強くない進学校に高校を決めたのだ。
まさかそこに永瀬がいて同じクラスだなんて思ってもみなかった。
そこからはもうなし崩しに永瀬が間近な存在になって、バレーに誘われ、試合にまでちょっととはいえ出られたのは自分の中で宝物といっていい出来事だった。
そんな思いを与えてくれ、ずっと悠を気にしている永瀬に自分は負担にしかならないと思う。
それが悠に歯止めをかけていた。
永瀬が自分の傍にいてくれるのに離すな、という自分と解放してやれという自分がひしめき合っている。
もし永瀬が自分を求めたら離してなどやらないと思っていたけれど心のどこかでセーブしてしまう。
それがどうしても曖昧な態度になってしまっているのは分かっていた。
だってやっぱりどうしたって惹かれる。
いつでも目は永瀬を探そうとしている。
いまさっきも目はなんでもなかったのに急に出血が広がっていって視界が血の色で埋もれていきそうになってどうしようか、と思っていたらすぐに永瀬が気付いてくれた。
これが一生続くのか、さらに酷くなって見えなくなっていくのか誰にも分からないのだ。
こんな自分が永瀬の横に?
立てるはずないだろう。
いつも葛藤していた。
それなのにいつも甘えてしまっている。
永瀬が気付いてくれるのが嬉しくて、それ位自分を見ていてくれてるのが嬉しくて。
「永瀬、いいって。全部見えないわけじゃないから」
一緒に駅に入ってこようとする永瀬を止めた。
「ひどいだろう?」
「ひどいけど…。まるきり見えないわけでもないし」
「じゃあお母さんにあっちの駅まで迎えに来てもらえ」
永瀬が本当についてきそうな勢いだったので悠は携帯を取り出した。
画面も見えにくくて角度を変えたりしてるとかけてやるかと永瀬がいってくれたのに携帯を渡し電話をかけてもらって目の出血がひどいから駅まで来て欲しいと母親に告げる。
本当はまた謝られるのが分かって嫌なのだが仕方ない。
「…今度もしあんまり酷い時はウチにそのまま来い。うちのほう近いし俺がついてるから」
永瀬は素でそんな事をいうのだ。
「いいよ。迷惑だし」
「だったら俺も迷惑だっただろうよ」
「そんな事はない」
「俺だってそうだ。ウチうるさいけど俺が世話になった分いつでも来ていいって言ってるから。見えない時お前は自分の家のほうが勝手が分かっていいんだろうけど」
「…永瀬がいてくれれば、そんな事は…」
「うん。じゃあお母さんにそう言っておけ。ほら、電車来るから」
永瀬が悠の頭を撫でて背中を押した。
「…ありがと」
「当然の事だ。ほら、足元気をつけろ」
当然って…。
永瀬が当たり前のように言うのに悠はどう反応していいか分からなくなる。
「ああ、大丈夫。…じゃ、明日」
「気をつけろよ」
こくりと悠は頷いて電車の駅構内に入った。
視界が赤や黄色、茶色で遮られている。その隙間から周りの状況を読み取るしかいけれど通いなれた道、どうにか電車に乗り込んだ。
永瀬は目の事など関係ないと言うけれどどうしたって重荷だ。
さっき溜息を吐かれたときには嫌になったのかと思ったけど違うらしいのに安堵した。
こんなに悠が臆病になっているなんてきっと永瀬は知らない。
いつも葛藤してるのも知らないだろう。
だから答えを言えない。
言ったらきっと離してやれないから。
まだ大丈夫。
やっぱり永瀬の事を思えば悠は離れた方がいいのだ。
まだ間に合う。
きっと。
自分が永瀬の負担になるなんて事は許されない事だ。
自分から永瀬を離さないようにしようと仕掛けようとしたのに、もう大事すぎるその存在に自分のエゴだけを押し付ける事を出来なくなっていた。
テーマ : BL小説
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