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熱視線 小夜曲~セレナーデ~5

 そのままあまり会話もなく怜の家に帰ってきた。
 帰ってきたと思ってほっとするのが自分の家でもないのにおかしかった。
 「お前そのままシャワー行って来い。べたべただろ?」
 「ん…じゃ、先に使わせてもらいます」
 明羅は着替えを持ってお風呂場に行った。
 都合いいかも。
 そうしたら、怜がシャワーしている間にパソコン立ち上げてもう一回音チェックして、そして怜に聞かせる…。

 今日のあの曲で少しは明羅の作った曲が気に入ってもらえてるのが分かったけど…。
 でもどうかな…?
 自分的には怜にぴったりだと思うのだが…。
 曲は難しいけど、怜なら多分分かる。そして弾ける。
 作った明羅よりもきっと怜の方が明羅が思ったとおりに弾けるはず。
 少しばかりの期待と、不安の入り混じった気持ちでそそくさとシャワーを済ませた。
 「怜さん、上がったよ?」
 「おう」
 怜がすぐに風呂場に行ったのを確認して明羅はパソコンを立ち上げた。
 ヘッドホンで音を確認する。
 曲が長いから結構時間はかかる。
 よし。

 聞き終えると丁度怜が浴室から出てきた。
 「明羅?」
 「こっち」
 明羅はドアから顔を出して怜を呼んだ。
 「はい」
 ヘッドホンを渡した。
 怜は真面目な顔でこくりと頷いてそれをつける。
 「いい?」
 また怜が頷いたので音を流した。

 長い。
 黙って聞いている怜は何の反応も見せなくて怖かった。
 なんでこんな長い曲作ってしまったのか!自分で後悔する。
 いたたまれなくてただ待ってるのが辛い。
 怜は車でのご機嫌な様子はなくて、反対に鬼気迫る感じになってきてる。
 怖い。
 画面上で曲が流れているのを確認する。
 もうすぐ、もうすぐ終わる。
 終わったら、怜はどんな反応するのだろうか…?
 じっと明羅は怜を見た。
 
 もう終わってる、はず。
 なのに怜が動かない。
 「あの…怜、さん?」
 怜がヘッドホンを外した。
 「…………楽譜、あるか?」
 「……はい」
 束になったそれを渡す。
 怜はそれにざっと目を通していった。

 怖い~~。
 なんで何も言ってくれないのか。
 怜の横顔をじっと見ると、怜は真剣に楽譜を見ていた。
 「よし。明羅、譜めくりしろ」
 そう言って楽譜をもってリビングの電気をつけた。
 「よ、夜だよ?ピアノまずくない?」
 「まずくない。ちゃんと防音なってるって言ってただろ」
 怜はピアノの前に座った。
 「ほら、譜めくり。横にいろ」
 「う、うん……」
 「間違えても文句言うなよ?初見だ」
 「…い、わないよ…」
 というか、初見で弾く気?
 ふっと怜が息を吐き出すと手を鍵盤に乗せた。
 
 死んでもいいかも…。
 明羅は浮かんでくる涙を必死に堪えて譜めくりした。
 でも怜はほとんど楽譜なんて見ていないような感じだ。

 怜の音が明羅の音を作っていた。
 機械では絶対出せない音。
 この音が欲しかった。
 どうしよう。抱きつきたい。
 あなたが欲しいと言いたい。
 このまま死ねたら絶頂で死ねるとさえ思う。
 どうしたらいい?
 この人を得るにはどうすれば…?
 
 長い曲の間、明羅はぐるぐるとそんな思いが巡っていた。
 だってこれは自分だ。
 全部自分のしたかった事が現われている。
 なんで分かるの?
 指示なんて何も書いてない。
 それなのに、ここで囁いて、と思ったところはそのように弾くし、ここは甘くと思えば怜がそう弾く。
 どうして、分かるの?
 それが分からなくてもいい。
 だからこの人を下さい。
 怜が仄かに汗を滲ませている。
 それでも指は止まらない。
 
 だだん、とフォルテッシモで最後をかざると怜が大きく息を吐き出して明羅を見た。
 どうだ?といわんばかりの怜の表情に明羅はただ涙を零した。
 
 「明羅」
 怜が明羅を呼んで再び鍵盤に指を置いた。
 何を弾くの?

 静かな曲。
 3拍子の。
 ぶわっと明羅の双眸からまた涙が湧き出てきた。
 サティのジュ・トゥ・ヴ。
 なんでジュ・トゥ・ヴ?
 なんで<あなたが欲しい>?
 
 ゆっくりと曲は終わる。
 
 「ど、してジュ・トゥ・ヴ…?」
 「そのままだから」
 怜が明羅の身体を引き寄せて明羅の涙を豪快に手のひらでごしと拭った。
 「怜さんが欲しい」
 明羅は怜の首にしがみついた。
 

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