8 如(YUKI)
敦が何度も何度も切なそうに如の名前を呼ぶのにほだされてしまう。
キス…。
好き…?
敦が?
ふざけてない、と言うけれど敦が何事かに本気になったとこなんて見た事がない。
勉強だって部活だっていつも適当で、それでいて何でもそつなくこなして人より抜きん出てるのに何度ムカついた事か。
そんな敦が本気?
まさか。
中学の頃から急に背が伸びだしてあっという間に如の背丈を追い抜かしていってそれにもムカついた。
小さい頃は可愛かったのに。
陽に当たると金茶に光る髪だけだ。変わらないのは。
自分が黒い髪だから敦の綺麗な髪の色が大好きだった。
今日だって図書館で思わず見惚れてしまった。
「如、ゆき…」
2週間も鍵を締めてたのが随分と敦に効いていたらしい。
好きだ発言にはどうにも信憑性は感じないけれど足りないのにはなんとなく分かる。
「お前さ、いくらなんでもキスはねぇんじゃねぇの?」
「……どういう意味?」
抱きしめていた腕を敦が離したのにほっとする。
「だってそうだろ?幼馴染の男にキスって」
「だから!如が好きだって!言ってる」
「はぁ?そりゃ分かってるけど」
「違う!」
なんでわかんねぇかなぁ、と敦が頭をかきながら苛立った様子を見せる。
「違うって言われても。お前、本気になった事なんかねぇだろ。それにわりとこの2週間だって敦は平気そうだったし」
「………如、本気でそれ言ってんの?俺が平気そうって?」
敦が傷ついたような表情を見せた。
「全然平気そうだっただろ?」
「…………そういう事言うんだ?」
ふっと敦がやるせない笑顔を見せる。
なに…その顔?
だって朝だっていつだって敦は普通だっただろ?
すぐに開けて、って窓を叩いてくると思ったのにそんな事もなかったし、いつも三浦くんと仲良さそうにして登校してただろ。
顔を見る事だってしもしなかったくせに。
ふいと如が顔を背けた。
「如が部屋に入ってくんな、学校で話しかけんなって言ったんだろ?」
「そりゃ言ったけど」
言ったけど…。
如は自分でももう何を思ってるのか分からなくなってくる。
「………いいよ、もう」
「よくねぇ!如」
敦の真剣な声にどきりとした。
いつもの甘ったれたような声じゃない。男の声だ。
「…俺、どんだけ我慢してると思ってる?如、全然分かってねぇよな。今だって必死に我慢してんのに。ふざけてる?んなわけねぇだろ。ふざけてキスなんかするか。如だからに決まってるのに…如だって別にキスされて嫌じゃねぇ、だろ?」
「…なんだ?その決め付けてるのは?」
「嫌がってねぇだろ?」
「ちょ…あつ、しっ!」
敦がまた抱きしめてくる。そして今度は身体をぐいと引っ張られてベッドに倒された。
「あつし!?」
「俺の好きはこんな好きだけど?」
覆いかぶさってきた目の前の敦の顔は見た事のない真剣な顔で雄の顔だった。
ベッドに倒された拍子にずれた眼鏡を敦に取られる。
そのまままた敦がキスしてきて舌を絡ませてくる。
そして敦の手がTシャツの中にもぐりこんできて肌を撫でるのにぞくりと肌が粟立った。
「な、に…する!?」
「だから、俺が如を好き、の意味を教えてやる。如だって俺の事嫌いじゃないだろ」
「そんなの、当たり前だ」
「意味が違う。全然如は自分で気付いてないけど。如だって俺の事好きだろ?」
「はぁ!?何言ってる?」
敦が言ってる事の意味がわかんねぇ。
「如…」
声が、違う。如の知ってる敦の声じゃない。甘ったれた幼馴染の敦の声じゃなくて情欲の浮かんだ男の声だ。
「や!やめ……敦っ!」
こわい。
初めてぞくりと背中に恐怖が浮かんだ。
知らない!こんな敦は如の知っている敦じゃない!
「やだっ!…やめろ……っく……」
なんでこんな事に…?
必死に抗おうと、敦の身体を退けようとするけどびくともしない。
ぐっと悔しさか何か分からない複雑な感情に支配され涙がせり上がってきた。
知らない!こんなの…敦じゃない…。
如の上に乗っている敦の身体をどけようとしたって全然敵わない。声も態度も全部如の知っている敦じゃなかった。
誰、これ…?
欲の浮かんだ男に組み敷かれている自分。
嗚咽が漏れそうになってくる。
「如!?…ゆきちゃんっ」
敦の慌てた声。敦から顔を背けて静かに涙を流して嗚咽を我慢する如に初めて敦が気付いた。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学