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2012.08.02(木)
「何か簡単なものでも作ろう」
「作る!?」
明羅は声を上げた。
「料理!?手!手、切ったりしたら…」
「別にいつもしてるが?お前は部屋でも見てていい。部屋数は少ないから。興味あるならそっちの部屋でも」
リビングは馬鹿でかい。
2mを越えるピアノがあってもまだまだ広いのだ。
そして二階堂は廊下の向かいを親指で指し示し、キッチンにだろう姿を消した。
そっち、と指差されたほうの部屋に明羅はそろそろと向かった。
こっちの部屋も広い。
そしてありとあらゆる楽器が並んでいるのに明羅は呆れる。
管もギターもベースもドラムも何でも揃っている。しかもどれもちゃんと使ったあとはあるのだ。
「これ、全部出来る、の…?」
節操がない、と明羅は呟いた。
「あっ!」
片隅にPCとシンセサイザーと機械が色々繋がっているのを見つけた。
「すごい…これも…?」
自分の使っているものよりもずっといい。これがあれば…
明羅はそれをじっと眺めた。
作曲もするのだろうか?
どんな曲を作るのだろう?
明羅はむくむくと好奇心が湧いてきた。
そしてフルコンサートのピアノ。
あれを弾く所を聴きたい。
だが目の前で見てしまったらどうなってしまうのだろうか?
明羅はもしそんな事をされたら自分がおかしくなってしまいそうな気がして絶対に口に出来ないと思った。
PCの電源を入れていいのだろうかと逡巡していると二階堂が顔を出してきた。
「何?機械か?いいぞ。俺は使えないから」
「え?こんなに立派なのついてるのに?」
「ああ。俺はいらないといったんだが…。だから一度もそれは使ったことない」
プロの作曲家が使うような音響やミキサー、アンプがあちこちにつながっているのにもったいない。
「…じゃ、あとでいじっても、いい…?」
「ああ、どうぞ」
明羅は頷いてそして部屋を出た。
「ええと…二階堂、さん…」
「苗字は好きじゃない。名前で呼んでくれ」
「…怜、さん…」
明羅は妙にどきどきして名を呼んだ。
毎年1回だけ演奏会で見る人だったのが目の前に立っていて、そして名を呼んでいるのだ。
「あの、楽器…全部出来る、の?」
「一応は。それなりに」
なるほど、と明羅は納得した。だからジャズもいいのか。
「あと少しでパスタが茹で上がる」
手伝え、と言われて明羅は怜に指示されるまま皿を出したりカトラリーを並べたりと動く。
家でなどこんな事した事などない。
いつでも料理は出来てくるし、並べられ、片付けられる。
新鮮に感じた。
ありえない状況。
明羅は表情が緩んでいるのが自分でも分かった。
不思議だ。
ずっとここ最近は頭の中がぐるぐるして切羽詰った感があったのに、それを与えた怜がそばにいるのに何故だろうか。
「…すごい」
「は?どこが?茹でてちょっとからめただけだろう」
「だって、俺は何も出来ないし」
人が料理を作るのなど初めて見た。
明羅の両親はほぼ家になどいない。世界を飛び回っているのだから仕方ない。
時間があれば帰ってくるがまたすぐに出かけるのが普通だったのだ。
パスタにサラダ。スープ。
明羅は色とりどりの料理をじっと見てそして怜を見た。
「綺麗で、おいしそう…」
料理にもセンスが出るのか。明羅は食べるのがもったいないと思えるようなそれをじっと見つめる。
「なんだ食え」
「…もったいない」
そういえば人に作ってもらったのは初めてかも、と思いながら明羅は恐る恐るそれを口に運んだ。
「…おいしい」
思わず呟けば怜は薄く笑った。
怜は明羅に何も聞かない。
苗字だって言っていないのに。
10年前、小さな子供が一人でクラシックのコンサートに行ったのだって普通はおかしい事で、それすらも怜は聞きもしない。
怜と一緒にいるのは初めてのはずなのにその空気感に違和感がないのが明羅は不思議だった。
明羅は人とそれほど交われる方ではない。
学校でだって浮いているのは自覚していた。
仲のいい友人と呼べる存在もない。
それなのに怜とは顔を突き合わせていて、遠慮はあってもどうも居心地が悪いという所がないのだ。
人の家。しかも10年前から知っていたとはいえ、話したのは今日が初めてだというのに何故こんなに普通に出来ているのか。
きっとこれも二階堂 怜だからだ。