「…行ってきます」
クリスマスイヴだからといって会社は休みじゃない。
「ああ。いってらっしゃい。夜の分、チキンとか適当に買っておくから……。……帰り、迎えに行くか?」
「え?あ、いいよっ!電車で帰って来るから!」
迎えに来てもらったら駅に寄れない!それはダメだ。慌てて瑞希が言えば宗が苦笑を漏らしている。
「…分かった」
「あ、遅れる!行ってきます」
「ああ」
宗が軽く瑞希にキスしてくれ、見送られてばたばたと瑞希はマンションを出た。
電車に遅れる、と駅まで走っていく。
ちらとコインロッカーを眺めてそれから電車に飛び乗った。
乗れてよかった、とはぁ、と息を吐き出して瑞希はコートのポケットに手を入れた。
コインロッカーの鍵を確認…。
「あ、れ…?」
ない!
ちゃんとコートのポケットに入れたはずなのにそこに鍵がない。
落とした!?
瑞希は真っ青になった。
あれがなかったら開けられない!
どこで落とした?走ってる最中?
いや、そういえばちゃり、とも音もしなかった。
どうしよう…。
自分の行動を思い出しながら考えていくけれど全然分からない。
家に落ちてないかな…?
途中の道路にだったらもう致命的だ。ポケットのあちこちを探ったり、コートを揺すってみてもやっぱりない。
泣きたくなってくる。
折角宗を驚かせて喜ばせたかったのに…。
会社近くの駅で降りて一縷の望みにかけて宗に電話した。
『はい?どうした?』
宗がすぐに電話に出てくれる。
「宗!鍵!鍵落ちてなかった!?」
『………あるよ』
「ある!?」
よかった~~~~~!!!と瑞希は盛大な溜息を吐き出した。
「あ、じゃそれ……どうしよう……」
届けて、もらうというのもなんだし、だけど一回帰ってまた駅に出るのもおかしいし…。でも今日やっぱり渡したい。
「ええと、じゃあやっぱりそれ持って帰り迎えに来てもらってもいい?……宗、ヤダ?」
『嫌なわけあるか。いいよ。じゃあ帰りの時間に会社近くのいつものとこにいるから。これ持っていけばいいのか?』
「うん。お願い。…ありがとう。ごめんね?」
『いいよ。じゃ夕方』
「うん。いってきます」
ほう、っと安心して瑞希は胸を撫で下ろした。
どこにあったんだろう?やっぱ着込む時に落ちたかな?
ま、いいや、と安心して瑞希は会社に向かった。
会社ではクリスマスに仕事ってなぁ、などと皆が言いながらも仕事をこなし無事終了。高校の時からクリスマスは瑞希にとって稼ぎ時でしかなかったけど今年は違う。
宗と暮らす家にはツリーがある。そして瑞希が欲しい人がいてくれる。
会社からちょっと離れた所に瑞希のミニが停まっていた。
「宗!ただいま」
車のドアを開けると宗が迎えてくれた。
「おかえり。………はい」
そして宗がちゃり、と鍵を渡してくれる。
「よかった~~~」
瑞希はそれを確かめてぎゅっと握った。
「……何の鍵?」
「え?……ああ、と……」
瑞希は鍵の気にばかりなって何も考えてなかった。何て言おう?どうしようとちょっと逡巡してしまう。
「あの、宗…俺マンション近くの駅で降ろして」
「は?」
宗が眉間に皺を寄せた。
「それで…あの…先マンション帰ってて?あと俺すぐ帰るから」
「…………」
宗が面白くないという顔をする。
「待ってちゃいけない、って事か?」
「……いけなくないんだけど…その方が、俺が…嬉しい…」
宗の機嫌が目に見えて悪くなっていくのに瑞希は顔を俯けた。
「いいよ。分かった」
宗は一言だけ言ってあとは無言で車を走らせた。
ずっと無言で顔は渋面。
怒らせた…?
そりゃそうだ。鍵わざわざ持ってきてもらって迎えに来てくれたのに途中で降ろして先に帰れ、だ。
何の鍵って聞かれても答えられなくて。
だって宗を驚かせたかったんだ…。
でも怒らせたいんじゃないのに…。
どうしたらいい?
瑞希は段々不安になってくる。
それに瑞希は宗に似合うと思って買ったけど、そんな物いらない、って思ったら?
こんな我儘ばっかり言うのに付き合ってられない、と思ってたら…?
どうしようと今まで浮き足立ってた心が急にしぼんでくる。
宗は口も開かないで前をぎっと睨んだままで運転。
瑞希は顔を俯けて潤んできそうになる目を必死で我慢した。
宗を喜ばせたかっただけなのに…。
瑞希はぎゅっとコインロッカーの鍵を握った。
「……どうぞ」
宗がマンション近くのいつもの駅で車を停めた。
「あの、ありがとう」
「どういたしまして。…じゃあ」
宗は怒っているのか瑞希が車を降りるとそのまま車を出してさっさと行ってしまった。
歩いて行ってもマンションまで駅からすぐ近く。
浮かんでくる涙を堪えて瑞希はコインロッカーを開け大きな袋を取り出した。
これのせいで宗が怒ってる。
宗を喜ばせたかったのに怒らせるって違うだろ…。
じわりと涙が滲んでくる。
宗と一緒にいたのにわざわざ別れて取りに来て…。なんでこんな気持ちになってるんだろう。
「重い…寒い…」
大きな箱に入ったそれを持ってとぼとぼと瑞希はマンションまで歩いた。
「……ただいま」
「おかえり」
宗は勿論すでに帰ってきてソファに横になってて、声はかけてくれたけど瑞希の方を見てもくれない。
玄関まで来てもくれないし、キスもくれない…。
玄関に立ったまま瑞希は我慢出来なくなってぼたぼたと涙を流し始めた。
「瑞希…?」
玄関から動こうとしない瑞希を不審に思ったのかやっと宗が瑞希を見た。
「瑞希!?どうした…?」
宗がやっとソファから立ち上がって玄関まで来る。
「宗…やだ…見て、よ……」
持っていた袋を放して宗に抱きついた。
「やだ!…嫌い、なんない、で……宗…」
「…何言ってる?」
宗の腕が瑞希を抱きとめてくれ、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「だって、宗…怒って……見て、くんな、い……」
「怒ってなんかねぇよ。……瑞希がなんか隠し事して、俺以外に好きな奴でもできたかと思ってただけだ……違うらしい…けど」
「ない!宗だけ、なのに……宗…」
宗の首に腕を回して抱きつけば宗も力強く返してくれて安心すればますます涙が止まらなくなる。
よしよしと瑞希が落ち着くまでずっと宗の手が瑞希を宥めてくれた。
「それ、は?」
「…っく……宗、に……」
泣きしゃっくりまで出る位泣いてしまって情けないけれど宗から離れられなくて宗にしがみついたままだ。
「………」
宗が瑞希を片手で抱きしめたまま瑞希の放り出したそれを手に取った。
「とりあえず落ち着け、な…?」
「ん……」
宗の手が優しく瑞希の身体を撫でてくれる。
宗が瑞希の身体と荷物を持って中に誘う。
「…開けても?」
「ん」
瑞希をソファに座らせて宗が聞いてきたのに頷いた。
「宗が…気に入るか分かんないけど…宗に似合うと思って…」
箱を開けて宗が中を開けるのに瑞希はどきどきと心臓が大きく鳴った。
「………ありがとう」
宗が照れながらも嬉しそうに笑ってくれたのに瑞希もかっと顔が熱くなる。
可愛い!!!
いっつも悠然としてかっこいいなのに!
「瑞希……嬉しいんだけど…説明して?俺がどんなに気を揉んだかわかってないだろ」
「?」
「鍵は一体なんだ?」
「ええと、駅のコインロッカーの。大きくて持ってきたら宗が分かっちゃうと思ってコインロッカーに入れてたから」
「……いつだか帰りがいつもより遅かった日に?」
「……うん。買って預けてきた」
はぁ、と宗が溜息を吐き出して頭を抱え、そして笑い出した。
「…宗?」
「うん?悪い。……鍵、抜き取ったの俺」
「は?」
宗が瑞希を抱きしめながら言った言葉に瑞希はきょとんとなった。
「だって瑞希すっげぇ気にしてるし、なんだ?と思って。言ってくんねぇし。……許して?」
「な、な、……ど……」
宗が瑞希に何度もキスする。
「なんか瑞希隠し事してるし…。面白くなくて、やきもきした。俺に言えない事かと思ったし」
「そ、そんな、事…」
「うん。俺が悪い」
くつくつと宗が笑っている。
「まさか俺にだなんて思ってもなかった」
「俺には宗、しか、いないの、に…」
宗は立ち上がってダイニングテーブルの方に向かうと小さい袋を手に戻ってきた。
「瑞希に」
「え?……開けていい?」
宗が頷くのに開けてみると手袋だった。マフラーと同じく薄手なのに肌触りのすごくいいもので温かそうな。
「瑞希の手いつも冷たいから」
「……ありがとう」
また瞳が潤んでくる。自分が宗にあげる事ばかり考えていて自分がもらえるなんて思ってもいなかった。
ダイニングテーブルには宗が買ってきただろうチキンやケーキが乗っている。
ツリーの電飾が光って。
そして貰ったのもあげたのも初めてクリスマスプレゼント。
「宗……」
「うん…」
「ありがとう」
「俺も。瑞希、ありがとう」
瑞希のうれし涙で潤んだ瞳を宗が拭ってくれてそしてやさしくキスしてくれた。
やっぱり瑞希に幸せをくれるのは宗だけだ。
Fin