10 和臣(KAZUOMI)
なんでキスなんかしたんだ?
和臣は自分に呆然としていた。
翔太に突き飛ばされて尻餅をついてそのままの格好で今度は胡坐をかいて眉間に皺をよせ、顎に手をかけて悩む。
むっときた。
翔太が柏木と仲良さげに朝一緒に登校してくるのに毎日かなり面白くなかった。
いいやつ?勉強を教わっている?優しい!?
その翔太の言葉に和臣の中の何かがブチっと切れた。
秀邦に翔太を入れて、自分の目の届く範囲に翔太を置けてよかったと思ってたのに翔太は離れようとしていると感じた。
夜は和臣がいなければ安心できないくせに、日中はそうじゃない。
切れた…。
何に?
常に冷静である自信はある。
物事は客観的に捉えて目的の為に手段を考え、投じ、行動できる。
筋道を考え、いくつもの可能性を予測しそれに対処できる。
その俺が切れた?
それに呆然とした。
いつもいつも予測がつかないのは翔太だけだ。
和臣が慌てるのも、焦るのも。
パニックになった時もいつも慌てる。
自分にあるまじき慌てぶりだ。
ここの離れで夜は誰もいないし誰も見てるわけでもないからいいようなものだが、きっと自分のあの慌て方を見たら家の者でも驚くはずだ。
幸い翔太がそうなるのはここの離れで和臣と二人きりの時の夜ばかりだから未だ誰も知らないはず。
なんで…。
この間の突発的なキスとさっきの切れた事も考慮に入れる。
そして考えても考えても結論は一つにしかいかない。
「俺が、か……?」
嘘だろう…。とさらに眉間の皺が深くなる。
さっきのは柏木に嫉妬か?
そうとしかどうしたって思えない。
翔太を離したくないのも、自分のモノだと言いたいのも手元に、自分の傍に置きたいのも全部当てはまる。
でも男だぞ?
昨日の風呂での抱きつかれた事を思い出す。
小さい頃は普通に風呂も一緒に入ってた。大きくなってからも恐怖でパニックになった時は風呂も布団も一緒だ。
それは未だに変わりなくて。
それを気色悪いと思った事などなかった。
翔太とはそれが普通だと思っていたから。
今思えば普通じゃないな…。
抱きつかれて嬉しい、頼られて嬉しいはあってもその反対はない。
キスしたのだって全然足りないくらいだ。
「んんぅ………?」
翔太の裸は見慣れてる。
それを自分の布団で組み敷いてる姿を想像すればずくんと身体に熱を持ち始める。
頭で考えるより身体は正直だ。
翔太のいい声を想像すれば啼かせたくなってくる。
自分は男が好きなのか?
そういや今までだって女を好きになった事もない。
じゃあ、美人の二宮相手ならどうだ…?
「……ない!」
ふるふると和臣は寒気がして頭を振った。
二宮は美人だ。普通に見ている分には鑑賞するのに価する。色気もある。
なのにどうしたって勃つ自信はない。
それなの全然色気もないガキといっていい感じの翔太にはすぐに自身が反応してしまう。
……男だから、女だからではない。翔太だからだ。
もしかして今まで気付かなかっただけで自分の中ではずっと翔太だけだったのか…?
そうかもしれない。
初めて会った時から気に入った。
恐怖を与えて自分に縋るようにして翔太がそうする事に満足だった。
それが未だに持続してる。
頭が、行動が切れるわけでもない翔太だが、いるだけでいいんだから、自分にしてはありえないことだ。
それが10年?
未だに持続している。
人など信じるものではない。
親戚筋だって隙あらば陥れようと画策する一条の家だ。
だが和臣は他人で唯一翔太だけは信じられる。
翔太だけは一条の家も関係なしに和臣を盲目的に縋ってくるんだから。
「は……っ!」
笑いが漏れた。
自分が!翔太を!
ありえない!でもしっくりいく。
好きなんだ。
小さな笑い声から段々声が高くなっていく。
爆笑といっていい笑い声を上げていると、キスされて逃げた翔太がばたばたと走ってきた。
「和臣っ!!!ど、どうした、のっ!?」
「翔太!は…!なんでもない。自分の馬鹿さ加減におかしくなったんだ」
「はぁ…?」
訳分かんないという顔をした翔太の目が赤い。泣いたのか?
「翔太」
和臣は笑いを引っ込めて翔太を呼ぶと自分の膝をぽんと叩いた。
こっちに来いという合図にそろそろと翔太が近づいてくる。
手の届く範囲に翔太が来たので掴まえて膝に乗せた。
「泣いたのか?でも俺は謝るなんてしないぞ」
「……そんなの知ってる」
翔太はなんで?もどうして?も聞かなかった。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学