16 和臣(KAZUOMI)
「車で一緒に…」
「いかない!」
朝食を食べながら毎朝同じ事を聞くが、いつも翔太は素気無く断る。
顔を和臣の方に向けもしないで答えるのだ。
パニックになっている時、もしくはなりそうな時はあんなに縋ってきて可愛いのに、それが治まれば和臣などいらないと言わんばかりのような態度だ。
恐怖を植えつけたのが自分であると自覚はしてるから勿論それに関して責任を負うのは当たり前だが、その時以外は翔太が自分から和臣に頼ってくるとかそういう事はないのだ。
それなのに柏木には何もなくても抱きついたり笑ったりしてるのが腹立たしい。
校門に立って毎日柏木と登校して来る翔太を見なきゃないのはなんでだ?
柏木の前の翔太は柏木にじゃれ付いて屈託なく笑っている。
あんな顔など和臣の前ではしないのに。
苛立って見ていると柏木が睨むように和臣を見てきた。
んん…?
そして柏木は和臣の隣に立つ二宮を見て表情をほんの少し歪ませる。
これはやはりそうなんだろう。
和臣は内心安堵するけれど、翔太の態度が態度なので苛立ちは変わらない。
威嚇するような柏木の視線。これは翔太にじゃない。二宮に対してだ。
ふっと笑いが漏れそうになったが、それに対して二宮がこの犬をどう思っているのかが鍵だろう。
二宮と茶色の犬がくっ付けば翔太は蚊帳の外だ。
「二宮、君の番犬はいったいどうなっているんだ?」
和臣は前にも犬呼びで柏木を呼んだ事があった。
「……和臣、敦は犬じゃないけど?」
むっとしたように二宮が表情を変えたのに和臣はちょっと目を引かれた。
「ほう……」
これは二宮も少なからずあの番犬を思っているのか?
「なんだよ」
「いや…。二宮に確認したいのだが、ばん……柏木が好きな相手は君か?」
「な……」
教室で顔を突き合わせ小さな声で和臣が聞けば二宮は真っ赤な顔になっていた。
「…ふぅん」
「ふぅん、って何だ!?」
小さい声で二宮が抗議してくる。これは脈ありらしい。
「いや、ば…柏木が二宮を好きで二宮もそうなら何も問題はない」
和臣はわざと番犬と言いかけて言い直す。
「どういう意味?」
「そのままだが?ヤツは二宮と一緒にいる俺を睨んでくるんだいっつも!まぁ、別にそれは構わないけれど。だから本命は君なのかと思ったんだ」
翔太であってはいけない。
「……本命?」
二宮が怪訝そうにしたのに和臣は自分を取り繕う。
「…いや、なんでもない。で、どうなんだ?」
早く答えを。二宮が番犬を好きでそうならば安心できる。
「………知りませんよ」
二宮の答えに和臣ははぁと溜息を吐き出したくなる。違うのか?
「付き合ってる、んではないのか?」
「はぁ!?何言ってんだ?」
二宮の口調が聞いた事のない乱暴なものになって驚いた。
それ位動揺しているって事なのか?
何でもなければ二宮がこんなに動揺するなんてありえないだろう。という事はやはり二宮だって番犬を少なからず意識はしているって事か?
「いや、すまない。……付き合ってるって、どういう事?」
「互いが好き同士なら付き合うだろう?」
「……好き?誰が誰をです?」
それでも二宮は認める気がなさそうなのに思わず和臣ははぁ、と溜息が漏れた。
「二宮、素直になる事は別に恥かしくも愚かでもないと思うが?」
「………そういう和臣は何をそんなに気にしているんです?」
頑なそうに見える二宮に和臣が注意をしてみれば挑戦的に二宮が返してきた。
「別に何も気になどしていない」
そう二宮には返したけれども、全然気にしているとも。
翔太が柏木に懐いているのが面白くないから。
その番犬柏木が二宮を好きで二宮と付き合えば翔太はただの友人だ。
それならば何も問題はない。
自分と二宮のようなただの友人であるなら。
そのためには二宮を焚きつけた方がいいだろう。どうやら番犬は二宮に夢中らしいから。
……でも、本当か?
それは自分の希望的観測ではないのか?
今まで人の気持ちの機微を悟るのを間違った事はない。
だがどうも自分は冷静になれていないという自覚はある。
いつもいつも和臣を振り回すのは翔太だけだ。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学