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熱視線 狂詩曲~ラプソディ~2

 学校が始まるのにどうしよう、と明羅はぐずぐずしていた。
 怜の家に学校の制服だって教科書だってないわけで、家に帰るしかないのだが帰りたくない。
 夏休み中隔離されたように怜との世界だけだった。
 怜の家で来たのは生方と調律とハウスキーパーさんだけ。
 毎日怜のピアノに包まれて、怜の腕の中で目覚めて。
 あんなに焦がれたような思いだったのが嘘のようで、そして酷くなった。

 手の届く所に二階堂 怜がいる。
 手を離したらまた怜が離れてしまいそうで恐くて仕方なかった。
 「……送ってく」
 怜から言われて明羅は顔を俯けた。
 「ば~か。いつでも来られるだろ」
 そうだけど…。
 怜の手が明羅の頭を撫でた。
 この手を離したくない。
 「…荷物…着替えとか、置いてていい…?」
 「当たり前だ」
 怜の返事にほっとする。
 そして明羅の頭から怜の手が離れてしまう。

 必要なものだけデイパックに入れるだけですぐに帰る用意が出来てしまうのに明羅はいやになる。
 「忘れ物は?」
 「…大丈夫」
 大事なのは携帯だ。怜との連絡手段。
 「まぁ、忘れ物あったとしたら連絡入れろ」
 「ん…」
 この世の終わりのような悲壮感に包まれてしまいそうだ。
 玄関で靴を履いて目の前に立つ明羅よりも背の高い怜を見上げた。
 キス、してくれないかな…?
 いや、怜はそんなつもりじゃないのだろう。
 あのキスだってきっとただしただけなんだ。
 だって誰でもいいような事を怜は言っていたじゃないか。

 あなたが欲しい…あのジュ・トゥ・ヴ、はきっと明羅の作った曲に対するものだったのだ。

 あのソナタを怜はかなり気に入ってくれたみたいで必ず毎日最後に弾く。時には音を確かめながら。時には強弱やテンポを変えながら。
 タッチを変える時もある。
 そう。怜さんの自由でいいのだ。
 明羅の曲を気に入ってくれた。それは嬉しい。
 嬉しいけど…。
 どうしてそれだけで満足できないのだろうか?
 去年までの事を考えれば今年は劇的変化だ。
 それなのに、もっと、もっととさらに貪欲になってしまうのは何故?
 
 「長い間お世話様でした」
 ぺこんと明羅は頭を下げた。
 怜がくっと笑い、そしておう、と答える。
 「…いつでも来ていいし、連絡くれれば迎えに行ってやる」
 連絡してもいい?いつでも来ていい?
 そんなのずっと傍にいたいに決まってるのに。
 怜さんはそうは思ってない、から…。
 「…うん…」
 でも明羅はそう答えるしかない。

 「ブログ、記事新しいの載せてね?」
 「……面倒だ」
 車に乗って明羅が話題を振った。
 結局一番初めのだけで怜はブログに全然手をつけていなかった。
 怜はPCはする気がないだけで出来ないわけじゃないと分かったから明羅は手をつけなかったのだが、本当に全然パソコンによってこない。
 「…次、なんか聴きたい曲は?」
 その話題をそらすように怜が口を開けば、明羅はやっぱりリクエストのほうに気が向いてしまう。

 「ハンガリー狂詩曲、2番が聴きたい」
 「……お前、リストとラフマニノフ好きだな?」
 「うん。好き。多分手が小さいから、かも。怜さんだと手が大きいから音が届くでしょ?」
 「まぁ、俺、手でかいからな」
 「…愛の夢も、聴きたい…」
 怜は<愛の夢>は弾いてなかった。毎日のように<愛の夢>の楽譜を見ているのに一向に弾かないのだ。
 「ん~~~…お前にダメだしされてるのが効いてる、かなぁ。あんまし弾きたくねぇな」
 「ダメじゃないってば!!」
 「いや、分かってるけど」
 明羅が慌てて言えば怜が頷いている。
 「…そのうち、な」
 怜が苦笑を漏らして言った。

 着かなければいいのに、と思っても怜の運転する車はあっという間に明羅の家に着いてしまった。
 「上がってく?」
 「……いや、そのまま帰るよ」
 明羅は顔を俯けた。
 もう夜で車の通りも少なくて、道路にハザードランプをつけて怜が車を停めたのに明羅はなかなか降りられない。
 「ほら、明日の用意は?」
 「……小学生じゃないんだから」
 怜の明羅を促す言葉に明羅が抗議すると怜が笑った。
 怜は明羅をまだ小学生の頃の自分と重ねて見ているのだろうか?
 いつまでもこうしていても怜の迷惑だ。
 明羅は車を降りた。
 「またな」
 「…ん」
 軽く言う怜がちょっと恨めしい。
 自分はもうこんなに離れがたいと思っているのに怜はそうではないのだ。
 怜は手を上げてハザードを消すと静かに車を出した。
 小さくなっていく車に明羅は怜に捨てられてしまったような気分に陥ってしまった。
 
 

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