29 和臣(KAZUOMI)
柏木に意地悪しないで優しくと言われたものの、さて何を翔太は優しくされたと思うのか?
どうにも分からない。
なんとなく柏木が二宮に対していた態度を思い出す。
そうはいってもそんなに見たわけではないからよくは分からないけれど。
そんな事を言っても自分は自分だ、と居直るしかない。
こんなに翔太だけが特別だというのに。
「和臣、翔ちゃんお帰りなさい。今日はお父様が夕食に帰ってこられるそうよ」
「それは都合がいい」
帰ると玄関まで迎えに出てきた母親に言われた。
母親は元華族の家柄の出というお嬢様で家事は何も出来ない。社交が仕事のような人だ。
父と会えるのは都合がいいことだ。赤井沢の相談も出きるだろう。
「じゃあ三浦も時間が空くな。翔太、よかったな」
「……うん」
翔太が小さく頷いた。
でもそんなに嬉しそう、というわけではない。
父の運転手で翔太の父はあまり余計な口を開かない人で仕事に真面目だ。
父は翔太の父を気に入っているからほとんど自分の移動には翔太の父が付き従っている。
だから休みもあんまりなくて翔太とはあんまり話とかも出きていないと思うのだが…。
翔太は寂しいと思わないのだろうか…?
普通の家の子なら親子で住んでいるのが当然だろうに、翔太はそれに対して何も言った事はない。
和臣だって勿論同じ状況だったが和臣は一条の後継者だからそれは当然の事として受け入れる事だけど、翔太は違うはずなのだ。
「もし翔太がしたいならお父さんの部屋で泊まってきてもいいぞ?」
三浦も一条の家の別棟に部屋を貰っている。同じ敷地内だしそれは構わないのだが。
離れに向かいながら和臣は翔太にそう声をかけた。
すると翔太は小さく首を振った。
「いい。戻ってくる。……和臣が俺、いない方いいなら向こうで泊まるけど」
「翔太がいいなら戻ってきてくれた方がいい」
和臣がそう言ったらぱっと翔太が嬉しそうな顔になった。
おや?今の言葉の中の何が翔太は嬉しいんだ?
「翔太、俺の事はいいから着替えておいで」
「え?あ、うん……」
そう言ってもなかなか翔太が動こうとしないのに和臣はどうしたのか?と首を傾げた。
「どうした?」
「あ、と…和臣、何着る…の?」
「え?ああ、Tシャツかな」
「……着物がいい…」
「は?」
翔太が顔を赤くしてる。熱でもあるのか?
「着物!……和臣の着物……」
カッコイイから好きだ…?って言ったか?ごもごもして聞き取られなかったけど確かにそう言ったはず。
そしてばたばたと翔太は自分の部屋に逃げていった。
そういえばここ最近はずっと着物は着ていなかった。
まさか翔太がそんな風に思っていたなんて全然知らなかったが、思わず顔がにやけて口を押さえた。
ふぅん、翔太は着物の方が好き、か。
そう言われたら着ないわけにはいかないだろう。
ふぅん…。
どうしても顔がにやける。
そんな事思ってたなんて一度も聞いた事なかったのにどうして…?
和臣はああ、と思い当たる。
柏木が色々翔太に吹き込んでくれたのだろう。
…翔太にそんな風に言われるのも悪くない。
やはりこれは柏木には感謝するしかない。
着替えをしてきた翔太が着物を着た和臣を見て嬉しそうにしたのに気づいた。
ああ、自分はもしかして全然翔太の事を見ていなかったのかもしれない、と初めて気づいた。
こんなに分かりやすいじゃないか。
だけど学校でのあの翔太の態度は許せない。
だいたいにして柏木に抱きつくとはどういう事だ?
車に乗っている間に落ち着いた気持ちがまた再燃してくる。
柏木が翔太を何とも思っていないのが分かっているからまだ我慢できたがあれがもし翔太を狙っているような奴だったら睨み殺している所だ。
「翔太」
「え?何?」
「座りなさい」
和臣がそう言ったら今までの嬉しそうな顔だった翔太の表情が曇った。
ああ、これが意地悪とか優しくない、と言われる所なのか?
おどおどしたように翔太が小さくなって座った。
なるほど。
じゃあどうしたらいいんだ?
「……俺、なんか…した?」
「いや、そうじゃない。翔太…」
翔太が和臣の顔色を伺っていた。
ああ、違う。こんな顔をさせたいんじゃない。さっきみたいな顔が見たいんだ。
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