31 和臣(KAZUOMI)
「赤井沢の件でお話が」
「部屋を移そう」
和臣が切り出すと父が頷いて腰を上げ、父の書斎のほうに部屋を移動した。
「どうした?」
「赤井沢の馬鹿息子がウチの二宮に手を出そうとしているので、ついでなので丸ごとお願いします」
「二宮くんというと副会長だな?」
「そうです」
「うん。あの子は美人だな」
父は学校の理事もしていて二宮を見たことがあるのだ。
「そうですね。でもどうやらちゃんと番犬がついていたらしい」
「なんだ。そうなのか?」
「ええ。それもまた優秀なので、面白いですよ」
「お前が面白いという位じゃ相当だな」
「まぁ。それに翔太とも仲がいい」
「翔太くんは可愛いから」
「…そうですね」
翔太は父にも母にも篤臣にも好かれている。
翔太にも問題が発生しているがそれは言わないほうがいいだろう。
言ったら父が動きそうだ。
あれは赤井沢より小物だ。自分でどうにか出来る。
「いいけど、お前は翔太くん以外で好みの子はいないのかね?」
「いないですね」
はぁ、と父がため息を吐き出した。
「なんでお前はこんな感情欠陥人間になってしまったんだ?」
「さぁ?赤井沢の件はどれくらいかかります?早めにお願いしたいのですが」
「ゴールデンウィーク中にどうにかしよう。だが須崎にも頼まないと」
「よろしくお願い致します」
和臣の着物の袂に入れていた携帯が震えた。
「あ、ちょっとすみません」
断って携帯をみればやはり翔太だ。
「じゃ、お願いしますね」
「今のは誰から?」
「翔太ですよ。決まってます」
はぁ、と父が頭を押さえる。
「翔太くん以外に他人に興味向かないのかね?」
「向きませんね…もし向いても多分すぐダメになりますよ?」
「後にも先にも執着するのは翔太くんだけ?」
「さぁ?後は分かりませんけど。翔太を差し置いて、という人は現われないでしょうねぇ」
人事のように和臣は言った。
小さい頃からずっと他人に興味などなかった。
人の粗ばかりが見えた。
打算、猜疑、媚、大人が一条の息子というだけで和臣に媚び諂う姿に嫌気が差した。
和臣を見ているのではない。誰もが一条を見ている。
仕方ないと分かっている事だったけれど。
「翔太を迎えにいくので、失礼します。赤井沢の件はよろしく」
「迎え~~?どこまで?」
「あっちの渡り廊下まで」
「……一応広いといっても家の中だけど?」
苦笑しながら父に言われるのに和臣は肩を竦めた。
「仕方ないです。翔太は未だに怖い怖いですから」
そこが可愛いのだ。
「和臣…?お前はいいけど翔太くんはまだ子供なんだから…」
「……あのね。翔太だってもう高校生です」
「え…っ!和臣、まさか、もう…?」
「まだです。ったく…くだらない。では失礼します」
……父は何を言うんだ一体。
はぁ、と小さく和臣は溜息を吐き出した。
和臣が翔太以外の他人を寄せ付けないのは家の者なら誰でも知っている事だ。
ずっとだ。
翔太だけが和臣を和臣として見ていた。
そして全部をあずけて信じている。
無条件に。
「和臣っ」
ぱっと翔太が顔を明るくして走って寄ってきた。
怖かったのか和臣の腕を掴んでくる。
…ああ、可愛い。
なんだか今日は異常に可愛く感じてしまう。
なんでだ?
「怖かったのか…?」
腕にぎゅっとしがみついた翔太の柔らかな髪を撫でた。
「……ちょっとだけ。でも和臣来てくれるって言ってたから」
高校にもなって怖いなど翔太以外が言うのもならばきっと死ねば治るんじゃないか?と言ってしまいたくなるだろう。
でも翔太の怖いは本当の事だ。あのパニックぶりを見れば馬鹿になど出来ない。呼吸が止まりそうになる位になってしまうんだから。
「もう大丈夫だ」
「…ん」
そして翔太がへへっと笑った。
「和臣、優しい」
翔太がぐりと頭を肩にこすり付けてくるのにぶわっと焦燥感が湧き上がった。
「?」
なんだ今のは?
感情に己を任せた事などない。
それが一瞬崩壊しそうになった。
一瞬だけですぐにそれは消え去ったがそれがなんだったのか?
どうしたって心を揺さぶるのは翔太だけらしい。
自分にも心というものがあったのか、と思ってしまう位だ。
「和臣?」
考え込んだ和臣の顔を翔太の大きな目が下から覗き込んできた。
そして唐突にこの顔がイった時の顔を思い出した。
子供っぽいと思っていたのに全然そうじゃなかった。
いや、だから、なんで今それを思い出すんだ?
「……もどろうか」
「うん」
翔太は上機嫌らしい。
ずっと和臣にべたべたして顔はにこにこしていた。
テーマ : 自作BL小説
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