45 和臣(KAZUOMI)
泣き疲れたのだろう。
翔太が涙を睫毛に浮べたまま眠ってしまった。
嫌なのか?
和臣に触られることを翔太は嫌ではないはず。
それなのに何故泣く?拒絶する?
いや、正確には拒絶というほどではない。
撫でてやるその手を拒否はしないんだから。
むしろ甘えるように泣きしゃっくりしながらもすりと寄ってきた。
じゃあ翔太は何故泣く?
何故…?
泣かせたいんじゃない。
いや、泣き顔も可愛いから泣かせたくなる時もあるけれど、あの状況で泣かせたいのではない。
ずっと何かを我慢しているような感じの顔をしている。
いつから…?
ここ何日も翔太は学校から帰ってくると和臣の傍から離れない。
こんな事はここに来た時から小さいうちだけだ。
翔太の長い睫毛に浮かんだ涙を拭ってやると睫毛が震える。
寝ていてもどこか不安そうな顔。
今日の二宮の事が衝撃的だったとしてもそれだけではなさそうだ。
何だ…?
和臣は首を捻る。
そしてこんなに自分が人の事を気にするなんて、と自嘲の笑みを浮べた。
全然翔太は分かってない。
全部を甘やかせてやりたい。
そんな風に思ってるなんて知るはずないだろう。
知らせる必要もない。
翔太には和臣だけいればいいと思ってればいいんだ。
それなのに…。
そっと翔太から手を離すと翔太の身体がもぞもぞと動く。
眠っていてもちゃんと和臣の手を意識しているのか?
頬を撫でてやればその体温を確かめるように無意識に翔太が顔を摺り寄せる。
いっそ滅茶苦茶にしてやればよかったか、と不遜な思いが湧いたが、そうしたいと思う反面したくないとも思ってしまう。
なんだってこんなに複雑な思いが渦巻いているのか。
翔太を貫くのなんか簡単な事だった。
それなのにしなかった。
自分の思い通りに動かないのは翔太だけだ。
自分の気持ちが整理出来ないのも。
まったく…。
それでも全然嫌なんかではない。
電気を消して和臣も布団に横になった。
自分は翔太をどうしたい?
これは小さい頃から和臣のものだ。
そしてこれからも。
暗がりで手を伸ばして存在を確かめる。
静かな寝息を漏らして安心して寝ているのに嬉しさと苛立ちが浮かぶ。
どれもが相反する気持ちだ。
泣かせたくない。泣かせたい。
守ってやりたい。蹂躙したい。
自分はおかしいのか?
こんな葛藤など初めてだ。
本当に!和臣を振り回すのは翔太だけだ。
そしてそれを許しているんだから自分の事も分からなくなる。
これが人を好きな気持ち?
「厄介な…」
普通だったらいらん!と切り捨てていい思いだ。
だけど、それが翔太に関する事なら歓迎しているんだから仕方ない。
じっと和臣は翔太を見た。
暗がりで顔ははっきり見えないのに。
そうしてても飽きる事はないだろうとも思ってしまうとやれやれと自分に呆れ、そして目を閉じた。
いつの間にか翔太の寝息を聞いているうちに寝ていたらしい。
しかもぐっすりと、だ。
はっと目を覚まし、目を開け、隣の布団が折りたたまれていたのに飛び起きた。
「翔太!?」
翔太の部屋を見ても、離れ中を見てもどこにも翔太の姿はなかった。
それに身体が震えそうになってきた。
この自分ががたがたと落ち着きなく翔太を探すなんてなんと滑稽な事か。
慌てて和臣は着替えを始めた。
服を身につけながら冷静になれ、と自身に言い聞かせる。
翔太の家はここだ。
じゃあどこに行くところがある?
学校?
いや、一人で学校に行っても仕方ないだろう。
友達…。
今まで翔太には仲のいい友人なんていなかった。
例外は柏木だけだ。
その柏木と仲良くなったのだってきっと和臣が柏木を認めたことを無意識で翔太は分かっているからだ。
その柏木の携帯の番号は和臣は知らないけれどその隣人の二宮のならば知っている。
着替えを済ませると携帯を手に取った。
しかしコールはするものの出ない。
「何してるんだ!?」
何度も何度もかけるけれどコールばかりだ。
携帯を耳に当てながら母屋に急ぎ足で移動する。
「車を出せっ!」
苛立った声で和臣が声を上げると住み込みの家政婦が慌てて運転手を呼びに行った。
携帯は無情にコールするだけだった。
テーマ : BL小説
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