52 翔太(SHOUTA)
「お前まだあがんないのか?」
「うん…まだいい」
顔が熱い。
和臣はもう上がって着替えを済ませて顔を覗かせたのに翔太はまだ湯船に入っていた。
ちょっとぼうっとして来る。
でもだって上がったらって…。
ドアから翔太を見て和臣がはぁ、と大きく溜息を吐き出した。
「いいからあがれ。のぼせやすいくせにいつまで入ってる?倒れるぞ?そんなに嫌ならしないから。ほら上がれ」
そう言って和臣がいなくなったので翔太は栓を抜いてのそのそと湯船を出た。
嫌なんじゃないのに…。
誰も嫌だなんて言ってない。
ただちょっと恥ずかしいだけだ。
和臣は面倒になって嫌になった…?
脱衣所にももう和臣はいなかった。
翔太は身体を拭いて用意されていた寝巻きをゆっくりと身につけた。
電気を消して廊下を一人で歩く。
ここ最近はずっと隣に常に和臣がいたのに、離れた途端になんでこんなに心細くなるのか。
和臣は自分の部屋で布団に胡坐をかいて座って本を読んでいた。
布団が二つ。
しばらく自分の部屋で寝てなくて、ここ最近は和臣の部屋で寝るのが普通になってる。
「顔が赤い。湯あたりしてるだろ。水持ってくるか?」
「…いい。大丈夫」
「本当か?」
「…うん」
和臣の布団の隣に翔太は横になったけど、和臣はずっと本を見ているらしい。ページを捲る音が聞こえていてそれが止みそうにない。
嫌だって言ったんじゃないのに。
昨日の続きするって言ってたのに…。
して欲しかったわけじゃないけど、しないって言われればそれはそれで面白くないのはなんでだ?
…しねぇのかよ?
散々自分が避けるような事を言っていたのは分かるけど。和臣はそんな事言ったって気にしないと思ったから…。
翔太になんか全然興味なんてないように本のページを捲る音だけが聞こえる。
…なんだよ。
ふいと翔太は和臣に背を向けて横を向いた。
そして泣きたくなってくる。
自分だけこんなに気にしてバカみたいだ。
風呂場でもどこでもずっと気にして。
和臣なんて全然普通なのに。
やっぱり気持ちは違うんじゃないのか、と思えてくる。
鼻の奥がつんとして翔太は思わずスンと鼻を鳴らした。
「…翔太?」
それにすぐ和臣が気付く。
本を置いたのが気配で分かった。
「どうした…?」
翔太の肩に手を置いて和臣が顔を覗き込もうとするのに翔太は慌てて布団を被った。
「なんでもねぇっ」
声がなんとなく湿っぽい。
「翔太?」
「なんでもねぇってば!」
布団の中でぽろと思わずちょっとだけ涙が出た。
そしたら和臣ががばっと翔太の布団を取り上げた。
「……なんで泣いてる?」
「泣いてなんかねぇよっ」
ちょっと呆然としたように和臣が翔太を見下ろして見ていた。
「…翔太?」
「なんでもねぇ…もん」
ぽろとまた零れて涙がこめかみを伝っていくのが自分でも分かった。
なんで泣けてくんだよ!と自分で自分に怒りたくなってくる。
「……まったくお前は本当に分からないな…」
和臣はそう呟いて翔太のこめかみを伝った涙を拭ってくれた。
「和臣っ」
翔太は和臣の寝巻きの胸元を引っ張ってから首に腕を回して抱きついた。
「どうした?」
「どうもしねぇ」
「しなくないだろうが。ったく…」
和臣の手が背中をなでてくれるのにほっとした。
「一人にすんなよ…」
「………するか。するつもりはないが、お前が触って欲しくなさそうだから必死に我慢してんだ。仕方ないだろ」
「誰も嫌って言ってねぇもん」
「………いいのか?」
「聞くなよっ!和臣…もう俺いらねぇ?」
「はぁっ!?またわけ分からん事を!だから我慢してるって言っただろう」
「だって和臣、本ばっか見て俺なんか見てくんねぇもん」
「いいかげんにしろよ?本当にバカだな。寝巻き姿なんか見たら即乗っかるに決まってんだろ。だから見ないようにしてたのに。お前は着方がだらしないからいつも胸ははだけてるしそんなの見せられて正気でいられるか!」
女じゃないんだから胸なんか見たってなんともねぇと思うけど。
和臣の手が翔太の寝巻きの胸元に入ってくる。
「か、ずお、み…っ!?」
「いいんだな?」
和臣の目の奥に熱が見えたような気がした。
テーマ : BL小説
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