57 翔太(SHOUTA)
じっと和臣の姿を目で追っていた。
あれが須崎の爺と和臣が呼ぶ人かな?
和臣が外交の顔で笑みを浮べてる。
「…あ……」
その須崎の爺という人が顔をくしゃりと歪ませて女の子を呼んでいた。
もしかして…あれ…。
女の子はドレスアップしてる。
和臣の前で頬を染めてる。
…見て、一条の若様と須崎老のお孫さんよ…
…お見合いしたって話でしょ?…
周りの囁く声が翔太の耳にまで聞こえてきた。
やっぱり、そうなんだ。
アレ、どうしたって女の子の方は和臣を意識してる。
「翔ちゃん」
「あ、な、何?」
篤臣くんがじっと翔太を下から見ていた。そしてちょっと手をおいでおいでするので翔太が屈んで耳を近づけた。
「気にしちゃだめだよ?」
「…え?な、何が…?」
「兄様。お見合いしただけだし。兄様は何とも思ってないから」
「う、………ん」
さっきから篤臣くんの含んだ言い方に翔太は首を捻る。
「翔ちゃんが兄様嫌になったらいつでも言ってね?」
「嫌、はないと…思うけど…?」
ふぅん、と篤臣くんが肩を竦めた。
本当に和臣を小さくしたみたいだ、と思わず翔太は笑った。
和臣と見合いの相手というのを見たくないので和臣に似ている篤臣くんをじっと見る。
でも気になって仕方なかった。
嫌な事は重なるものなのか!?
翔太はふいと人波の中に視線を向けると見たくない姿を見つけた。
「篤臣く、ん…」
ふるっと震えて篤臣くんと繋ぐ手に力を込める。
「翔ちゃん?どうかした?」
どうしよう。和臣…
顔が強張って真っ青になっていくのが自分でも分かった。
…人もいっぱいいるし今すぐ何かってわけでもないから大丈夫。
自分に言い聞かせる。
ちらと和臣を見たけれど和臣はまだ話をしていてさらに別の人も交じっていた。
「…なんでもないよ?」
篤臣くんに笑って答えたけど、喉がからからだ。
「へぇ、こんな所で奇遇だな?」
「…翔ちゃん、誰です?」
不穏な空気を感じたのか、まるで篤臣くんが翔太を守る為のように前に立った。
「これは一条の弟か?そっくりだな」
くっと阿部が篤臣くんを見て笑った。
「三浦、ちょっと来いよ?」
「…行かない」
ぐっと篤臣くんの手を握るのに力を込めた。
「いいの?ここで叫んでやろうか?一条の若様とお前ができてるって?きっと大変だよな…?」
「そんな事!」
「見えてるぜ?キスマーク。」
首の部分を指差されて思わず翔太はそこを手で押さえた。身に覚えがありすぎる。
「何が一条だ。あいつにも面白くなかったんだ。来い」
「翔ちゃん、ダメ」
阿部が翔太の腕を掴んでぐいと引っ張ったのを篤臣くんが阿部にかかっていこうとした。
その篤臣くんの阿部に捕まれてないほうの腕で止めた。
「篤臣くん、いいから。大丈夫。しぃ!大きな声ダメ。和臣に迷惑かかるから」
「そんなのっ!」
「ダメ!」
こんな公の場で和臣に、一条に迷惑をかけられない。
「別にいいぜぇ?騒いだって。そしたら俺も叫んでやっから」
翔太は篤臣に頭を振った。
そんな事叫ばれたら困る。
自分がじゃない。和臣が。
阿部に腕を引っ張られて篤臣くんから、和臣から離れていく。
心臓がドキドキする。
怖い。
どうしよう…パニックになりそうだ…。
でもこんなところでだめだ。
大丈夫、和臣は傍にいるんだから。
でも隣にいない。
真っ青な顔で翔太は首を振った。
「…こんな、事したら…和臣が…」
「ああん?一条?」
チッと阿部が舌打ちする。
「どうだっていい!どうせアイツのせいだろ!」
何が…?
「それともお前が言ってんのか?おかげで親父の会社は先がねぇよ」
何?
「どういう、事…?」
「突然融資を断られたとか!そんな状態で今更だろう?」
にやっと阿部が笑った顔にぞっとした。
「いいよなぁ。金持ちの若様手玉に取って?」
翔太はただ首を振る。
「チッ!人が多い」
阿部がぐいぐいと翔太の腕を引っ張っていく。
どこに連れて行く気だろう?
青白い顔色になっているはず。もう恐怖はすぐそこまできていた。
どこにでも人の姿がある。
挨拶を交わす人。談笑してる人。仕事の話をしている人。
迷子になったらここにいろ、と和臣に言われた場所を過ぎ、須崎が貸切ったであろうフロアを過ぎて人気が少なくなってきた。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学