58 翔太(SHOUTA)
融資を…?
和臣が、手を回してる…?
ありえるだろうけれど…。でもこれは一条には関係ない、んじゃないのか?
「来い」
阿部に腕を引っ張られて非常階段に連れて行かれた。
暗い。
そして人の気配がない。目の前には自棄になっているような阿部。
その阿部が階段の縁に身体を押し付けてきた。
嫌だっ!怖い…!
翔太はひゅっと息を飲んだ。
ヤバイ…。
慌てて蹲って口を押さえた。
「おいっ!?テメー!」
阿部の喚く声が聞こえる。聞こえるけどそれどころじゃない。
離れじゃないのに!外なのに!
怖いが止まらない。
和臣がお見合いの相手と笑っているのが見えた。
あの子ならきっと家柄も和臣にはぴったりだ。
分かってる。そんな事。
場違いな自分。
苦しいっ。
和臣っ。
「おいっ!?何だコレ…ヤバイんじゃ…コイツ」
息が浅い。
出来ない。
和臣っ…。
和臣がいなければ治らない。
翔太…
和臣の声が遠くに聞こえる。
苦しそうに身体を丸める翔太に阿部が動揺しているのは分かっていたけれど、翔太だって自分でどうしようも出来ないんだ。
非常口のドアが開く音。
「翔太!いるのか!?」
いる!でも声が出ない。翔太は階段の縁を手で叩いた。
「翔太っ!」
和臣はばたばたと走ってきて阿部を突き飛ばすと和臣は翔太の身体を立たせ自分の胸に翔太の顔を押し付けた。
「ゆっくり息しろ。ゆっくりだ…」
和臣の胸にしがみついて言われる通りにゆっくり息をしようとする。
「大丈夫だ…。ゆっくり息しろ。ちゃんといるから」
こくこくと何度も小さく頷く。
和臣だ…。
和臣の声と腕と心臓の音に落ち着いてくる。
「そう…ゆっくり…」
「あつ、おみ…くん、は…?」
息が楽になってきた。
「あれは一人でも大丈夫だ。いいから喋るな」
「ど、して…?ここ…?」
「それもいいから。落ち着かせるのが先だ」
「だ、い…じょぶ」
「まだ大丈夫じゃない。…ひどいな」
いつもより、という事だろう。息が浅くて言葉は出にくく、こくんと翔太は小さく頷いた。
「喋らなくていいから頷くか首振るかで答えろ」
またこくと小さく頷いた。
「何もされてないな?」
確認する和臣の言葉に翔太はこくと頷く。
「…ならいい。……阿部?まだ足りないようだな?」
翔太を腕に抱いたまま和臣が阿部に声をかけた。地の底から響くような低い声だ。それに翔太は和臣の怒りを感じる。
やめて。
どんどんと和臣の胸を叩いた。
「…なんだ?」
「…一条、に…関係ないのに…やめろ!」
「はぁ!?一条には関係ないさ!でもお前を…」
「やめろ!」
ぎっと和臣を睨んだ。
「一条の事なら、言わないけど…そうじゃないのに…いやだ…。そんなんすんだったら…和臣がずっと隣にいてくれてた、方いい…」
小さく小さく訴える。
はぁ、と和臣が大きく溜息を吐き出した。
「…分かった。だが一度警告しても阿部はお前に害を与えようとした。その報復はする。俺はおれの邪魔をするやつは許さない」
どんと翔太は和臣の胸を叩いた。
「だめだ。そうだな、自主退学するなら許そうか。それに二度と翔太と一条に近づかないというならぎりぎりで会社も存続させてやろう」
それならまぁ、いいか?
翔太は黙った。
「翔太に感謝するんだな。俺にはない寛大さだ」
ふんと言い捨てて翔太を胸に抱いたまま和臣はそこを後にした。
「このまま帰るぞ」
「でもっ!」
「でもじゃない!このバカモノ!」
和臣がそう言って携帯を取り出した。
「篤臣、帰るぞ。ああ。翔太もいる。車寄せまで出て来い」
和臣は翔太を抱え込むようにしたままだ。
離れようとしたけれど和臣の腕はぎっちりと翔太を離さなかった。
和臣はそのまま元の人の多いフロアを横切って外に出る。携帯で運転手に車を回すように指示も出し、その後はメール、と忙しい。
それでも片手は翔太を離さないまま。
人の目もあるからと翔太は離れようとしたけれど和臣の手は離れなかった。
篤臣くんともちゃんと合流して車に乗って一条家へ戻った。
その間もあちこちに和臣は電話やメールをしている。
中には一条の家にもかけていて簡単でいいから何か食べるものを用意しておいてくれまで聞こえてくる。
立食のパーティだったのに結局何一つ口にしないまま帰る事になったんだから…。それは翔太のせいだろう。
「ごめんなさい…。篤臣くんも、ごめんね」
「別にかまわない」
「翔ちゃんが無事ならそんな事!どうせ立食なんてあんまり食べられないし」
二人が即座に答えてくれた。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学