「じゃ、莉央」
こうなったら開き直るしかないだろう。
「はい?」
名前呼びされても莉央はにこにこしている。
「厨房でもいいかい?試作品をよければ試食してもらいたいんだけど?僕は注文のものを書き出していくから、君がもしよければ試食してもらって意見を聞きたい」
「いいんですか!?」
嬉しそうにするのにかえってこっちの方が後ろめたい。
業者に試食を頼るなんて…。
「是非!」
莉央は喜んで、と綾世について厨房に足を入れた。
「あ、業者の搬入口はそっちになるから」
「了解です」
名前呼びしてしまったからか互いに砕けた感じになっていた。
自分でも珍しいと綾世はこのにこにこ顔の莉央を伺うように見る。
でもコレどう見ても営業顔だよな?
まぁ、いい。見ててかっこいい顔なら文句はない。
テーブルに並んだ料理に莉央が呆れたような顔をした。
「……作りすぎじゃないですか?」
「まぁ、そうだな」
後半はもう自分で自分の味が分からなくなっていた位だ。
本当はキッチンに座る場所はないけれど椅子を持ってきて座る。
綾世はコピー用紙にカタログから欲しいものを抜き出して書いていく。
「好きなのいくらでも食べてくれていいから。あと感想だけ聞かせてくれるとありがたい」
「綾世さんのお勧めは?」
「コレ。夜のディナーコースにどうかと」
牛ステーキのハーブ焼き。
莉央はナイフとフォークで小さくカットして口に運んだ。
「ソースはバルサミコですか?」
「ああ」
お?と綾世は目を瞠った。
男ですんなりバルサミコが出てくるなんて…。あ、でも食品会社に勤めてるんじゃ知ってても当たり前か。
「あくまで!俺の好みですけど!」
味わうようにして咀嚼を終えた莉央が口を開いた。
「ああ、構わない」
「レモンもう少し強いほうが好きです。味は美味いです。バルサミコもちょっと味加えてます?」
「…ああ」
うん、と莉央が頷いて笑みを浮かべた。これは営業じゃない笑みだ。
「美味い」
「……それはよかった。安心した」
綾世は思わず顔を伏せた。
目の前でこんな風に言われるのには慣れていない。
「見た目も綺麗だし、ディナーならデートにいいでしょうねぇ」
「そうか…?よかった」
手放しに褒められるのもこそばゆい。
「あ、莉央。これは深さどれ位ある?」
皿のカタログのページを開いて聞けばぽんと莉央がそれに答えてくる。
若いけれどかなり出来る、と綾世は見直した。
料理に関しても的確に味の評価をしてくれる。
コレは本当に当たりだ!と綾世は虹に感謝したくなった。
「ランチはワンプレートで限定15食位とか考えているから…それようによさそうな皿は?メニューは週替わりでパスタ少し、サラダ、メインに魚か肉とか」
「いいですね。女性客が喜びそうです。そうすると店の雰囲気も合わせてこの辺は?真っ白をメインで使うのと揃えてもいいですけど、限定つけるならわざと特別感出すために皿を変えてみてもいいんじゃないですか?」
なるほど、と綾世は頷く。
「そうしよう」
選んだのは回りに柄の入った皿。
やはり自分だけの目線では凝り固まってしまう。
「それの味はどうだ?」
莉央の摘んでいた料理は鶏のトマトソースの煮込み、それに前菜など。
「美味いです…。これ味が深いなぁ…さすがプロですねぇ」
「……今日はパスタもピザもないが、あとそれらも味みてもらっていいか?」
「ええ!喜んで」
ぱくぱくと莉央が料理を口に運んでその度に莉央はゆっくりと噛み締め、味わい、考え込んでいる。
真剣な様子と進む箸に悪くなさそうだと安心した。
「そういえば見積もりにパスタなかったですけど」
「ああ、パスタとピザ生地は知り合いの所から直送してもらうんだ。美味いよ」
「それは楽しみだ!じゃあ俺は食材で安いのとかいいのが入ったらお知らせしますよ」
「…頼むよ」
「…でも本当に全部作るんですか…?大変でしょう?今時チンして出すだけのとこも多いのに」
「僕のこだわりだから。デザートまでね」
「…デザートも…。一人でするんですか?」
「そのつもりだ」
「仕込み大変っすよ?」
「そうでもないさ」
店を始めたばっかりの時はそうしてきた。ただ一人じゃなかったけど。
「俺よかったら開店まで色々手伝いましょうか?出来る範囲で、ですけど。料理も一応調理師免許は持ってるんで」
「は?本当に?」
「ええ!本当に。ただどこいっちゃったかな…?見せろというなら探すけど…」
目の前の業者の男に思わず綾世はじっと視線を注いだ。
テーマ : 自作BL小説
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