「手伝うくらいなら…どうせ暇ですから。手伝うかわりに何か食わせてもらえればそれでいいっす。試食係でも」
にっこりと莉央が笑った。
「……料理の専門は?」
「専門ってほどじゃないですよ。中華に2年位と和食に1年位いました。料理は好きですけど、どうにも同じメニューを毎日作るってのが飽きてダメだったんです」
こりこりと額をかきながら莉央が苦笑を浮べた。
それに思わず綾世は笑ってしまった。
笑ったのなんて久しぶりだと気付く。
虹の所為か、どうも莉央に対して警戒心が薄い気がする。
人を頼るな。信じるな。
…好きになるな。
綾世は自分に言い聞かせる。
「ありがとう…とりあえず意見が聞きたいから試食はお願いしたい」
「もうこっちから頭下げたいです。美味い!味が絶妙ですよ…繊細で、見た目も綺麗で…。やっぱり料理も作った本人、綾世さんに似るんですかね?」
莉央がそう言いながら料理を摘む。
ただ摘むんじゃなくてソースの味を確かめたりしている。
さらりと言われた言葉に一瞬何を言われたのか気付くのが遅くなった。
自分がどう見られるかはよく分かっている。
でも莉央はそんな所が見えない所もポイントだった。
なんとも思ってないのが見えて少しばかり残念な気が湧いていたのだが、まるきり何とも思ってないわけではなかったらしいのにほんの少しだけ心が浮上する。
いや、だからこれじゃすでに自分にかけた戒めが解れてる。
だめだ、と綾世は莉央から視線を外した。
今は試食して欲しいから仕方ないけど…。
「ん…?コレ…塩コショウ忘れてませんか?」
「え?」
莉央の指した料理を目で見てソースを小指で掬ってみると確かに足りない。
「本当だ…ああ!かけようとしたところに君が来たからだ」
「それは、すみません」
莉央が肩を竦める。
「いや、それより炭水化物系がないから腹持ちが悪いな。すまない」
夜7時を過ぎてるからきっと腹が減ってるだろう。
「いえ、そんな事。おいしいもの食べさせていただいて満足ですよ。どれも本当に美味いです。味が濃すぎず薄すぎず…」
「ありがとう。嬉しいよ」
自分の味に一応自信はあったけれどやはり直接言ってもらえるのは嬉しい。
今までに足りなかったのはやっぱりこれだと思う。
「よかったら明日はピザ生地が届くはずだから」
「いいんですか!?是非!じゃ見積もりと納品日を揃えて明日また来ます」
「ああ。頼むよ」
料理を誉められれば悪い気はしない。しかも調理師免許を持っているという位のヤツの賛辞に嬉しくないわけはない。
「開店はいつの予定ですか?」
「2週間後位…かな…。バイトも募集しなきゃないし」
「……全部一人で、ですか…」
莉央が眉を顰める。
「前が共同でやって失敗したから…」
つい言わなくていい事まで口にしていた。
コイツ危険かも…。
ちらと莉央を見ると莉央もじっと綾世を見ていた。
「…開店前は特に大変だと思いますけど、無理しすぎないようにしてくださいね。俺も出来る事なら助けますから」
なんでまだ会って2回目なのにこんなに親身だ?
「……ところで、ですね…もう少し食っちゃってもいい、すか?」
莉央が並んだ皿を見て物欲しそうにしているのに綾世は思わず声を出して笑った。
「…どうぞ。好きなだけ。僕はもう飽きてるし」
「もったいない。…じゃ、遠慮なくいただきます」
おいしそうに食べる。
自分の作った物をおいしそうに食べているのが見られるのが幸せだ、と思った。
やはり間違っていなかった。
「……ありがとう」
「?」
思わず礼の言葉が出た。
「礼言うのこっちですよ?おいしいもの食わせてもらって」
そう言ってもらえるのが嬉しい。
「俺、一番目の客っすかね?あ、でも金払わないなら客じゃないか…。食った分払います」
「いや、試食だからいいよ。どうせ今日ここに君が来なかったら捨てていた物だから」
莉央が眉を思い切り深く刻んで顔を歪めた。
「勿体無い!」
「だから、いいよ」
「…じゃ、一番の客にしてくださいね?あ、綾世さんのファンも1号でお願いします」
「…ファン?」
「ええ!」
にっこりと笑った顔は営業スマイルだ。
どうも莉央は素で言ってる時と営業で言っている時に判別がつきやすい。
「ご勝手にどうぞ」
くすと微笑を浮べた。営業スマイルなら何も問題ない。
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