今日も来ると言っていたし、見積もりの件もあるから莉央は来るのだろう。
日中はメニュー作りをPCでしたり、バイト募集の申し込みをしたり、税務署に行ったりと綾世は雑事をこなした。
時間があってもあっても足りない。
結局昨日は莉央がちゃんと休んで下さいと何度も念押しして帰った後も色々とやる事考える事があってアパートには帰らず店の客席の椅子で横になっただけだ。
朝一番でアパートに一度戻ってシャワーだけをしてまた店に舞い戻ってきた。
この移動時間でさえ惜しい。
店にシャワーがあればよかったのに、と思わず的外れな事まで思ってしまう。
なんでまだ2回しか会ってない莉央に余計な事まで知らず知らずに口にしているのか。
今日は余計な事は言わないようにしようと心に決める。
すっかり莉央と名前呼びになっているのがそもそも間違っている。
名前にインパクトが強すぎたんだ。
そして惹かれる容姿にもだ。
優しげ、言われる自分とは違う精悍な顔立ちだ。そしてさすが営業マンと誉めていいだろう人懐こさと営業スマイル。
あれが警戒心を解くんだ。
そしてその営業スマイルで自分を穿ったように見ない所がまた綾世の中で莉央の評価を高めている。
それに決定的なのは虹。
莉央が店に来た時に現れた虹。
綾世の中で虹が現れる時は特別な時。
いや、勿論たまたま今までタイミングが合っていただけだろうけれど、それでも今まで生きてきた中で大きな転換期に何度か虹が現れて今現在自分はこうしているんだから。
虹は綾世の中で特別だった。
だからこそ自分だけの店を持つのに迷いもなく虹の意味を持つアルコバレーノを店の名前にしたのだから。
その店の名前が虹と分かって、そして一緒に虹を目にしたのは莉央だ。
…一緒に誰かと虹を見たのは始めてだ。
いや、と綾世は頭を振った。
そして自嘲を浮べる。
人の気持ちなんて変わるものだ。
知っているだろう。
夢など見るな。
それに今までの事を思い浮かべろ。
そう自分に言い聞かせる。
自分で防衛するしかない。
あんな思いはごめんだ。
いや、自意識過剰すぎだ。
大体普通は男を恋愛の対象に見るはずなどない。
綾世とは違うのが普通なんだから。
莉央位の男だった普通にもてるだろう。
綾世はむっと眉間に皺を寄せた。
なんでこんなにアイツの事ばかり考えなきゃないんだ?
そう思っても夜に来るだろう莉央のメニューを考えなければならずにやっぱり莉央の事を考えてしまう。
だめだ、と綾世は頭を振った。
綾世は店の入り口に開店日を入れた張り紙を張った。
これでもう先に進んでいくしかない。
窓から人通りを気にして見ていると張り紙に目を留める人もいた。
それにほっとする。
気にしすぎだ。自信を持てばいい。
今までしてきた事だって、途中からは道を脇道に入ってしまったけれどそこまでは間違ってはいなかったんだから。…料理に関しては、だけど。
綾世は客席から厨房に入った。
キッチンから外は見えない。オープンキッチンにする事も考えたけれど、それは自分には出来なかった。いつ誰がここに来るか分からない。もし万が一アイツに見られたら…。
いや、考えすぎだ。
ここからは離れている。世の中にイタリアンの店なんて山ほどある。そんな中のこんな小さな店じゃきっとアイツは見向きもしないだろう。
綾世は莉央のために冷凍されて送られて来たピザ生地を出した。
釜で焼くのが本当は一番美味しいのだがそこまで拘れなかったのがちょっと残念だ。
なにしろここでは自分で全部しなくてはいけないから。
でもオーブンでも十分美味いはず。
目の前で美味しそうに食べる莉央の姿を思い出せば料理人にとってこれ以上の喜びはない。
今日もあの顔を見せてくれるだろうか。
考えるな、と思っている矢先から思い浮かべるのは莉央の顔だ。
莉央はここでの綾世の料理を初めて食べた客だ。
だから特別なんだ。
そう自分に言い聞かせるしかない。
てきぱきと動いて料理を作っていく。時間を計りながら。注文が入ってからのメニューをシュミレーションしながら。
昨日は作りすぎたので今日はほどほどに。
でも自分もピザは久しぶりだから食べようか、と少し多めにしようと考える。
昨日の莉央の食べた量は結構な量だったから何枚いるか…?
やっぱり綾世は莉央の事を考えてしまっていた。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学