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虹の指針 6

 時間を忘れて料理に没頭していたらカランとドアの開く音がした。
 「失礼しま~す」
 遠慮がちな低い声。
 莉央だ。時計を見るとやはり7時を過ぎている。
 「こっち」
 キッチンから綾世が声を出すとそろりと大きい身体がキッチンに姿を見せた。
 「ずうずうしく来ちゃいました」
 「いいよ。座って」
 昨日と同じく厨房に椅子を置いていた。


 「最初に見積もりと納品の件を。大方は2.5掛けです。中には2掛けも…スミマセン」
 「いや、妥当だからいいよ。2掛け位だろうと思っていたし」
 2.5掛けでも安い方だ。いいのか?と思わず莉央の顔を確認した。
 「怒られてますよぉ」
 よくないです、と莉央が苦笑している。
 「で、納品は早いのは3日で。全部揃うのは1週間位見てもらえれば」
 「十分だ」
 莉央が軽く頭を下げる。
 「じゃ、それで発注お願いする」
 「畏まりました」


 話が早い。
 「あと契約書を!昨日は料理に夢中になって忘れてました」
 莉央の言葉に思わずまた笑ってしまった。そういえば確かに契約交わしてなかった。すっかり自分の中では決まった事だったので綾世の頭からも契約の事などすぽんと抜け落ちていた。
 「今日金曜日ですし明日明後日休みなんで正式な契約は月曜になるんですけど」
 「構わない」
 椅子に座って綾世が名前を書き込んでいく。
 それを莉央がじっと目で追っているのが分かった。
 凝視されているのが分かってにわかに綾世は緊張してしまうが、それに気付かない風を装って書き上げた。
 「〆日と入金日はいつにしますか?振込み…は綾世さん一人じゃキツイですかね?」
 「ああ。集金に来てもらえるならその方がいい」
 「了解です。俺、家近いしいつでも来られますんで」
 「頼む」
 ああ、そういえば家が近いって言ってたな、と思い出す。綾世は自分の住んでいるアパートと離れてるのでちょっと羨ましくなる。
 書き終え、〆日や集金の日にちも決まったので綾世は立ち上がって料理の続きを始めた。


 「…昨日は何時までいたんですか?」
 「…………朝まで。寝たは寝たぞ」
 じろりと莉央が睨んできたのが分かった。
 「それは寝たじゃなくて仮眠って言うんでしょう?あんまり根つめると店始まる前に倒れちゃいますよ?」
 「そこまでヤワじゃない」
 「…儚げそうですけど、ね」
 儚げ!?そんな事言われたのは初めてだ。
 でもそれには答えようがない。
 「…莉央って年は?」
 すっかり名前呼びになっているのが自分でも違和感を覚える。けれど莉央はやはり莉央という名がぴったりだとも思ってしまう。
 「26です。綾世さんは?ちなみに誕生日いつですか?」
 「…28。誕生日は12月25日」
 「クリスマス!?」
 「そう。いっそ誕生日プレゼントというものは貰った事がない。子供の頃はクリスマスプレゼントと兼ねて、だ」
 ぶぶっと莉央が笑っている。
 「そうなるでしょうねぇ…子供のころは不幸だ。あ、聞かれてませんが、俺は11月18日です。何の変哲もない誰にでも忘れられるような日です。ああ…いい匂いですね」
 ピザのチーズが焼ける匂いがキッチンに広がっていく。


 莉央は料理を手伝いましょうか、なんて余計な事は言わない。
 元料理人をしていた位だからこっちの時間を計るとか手順の確認などしながら作っている事を知っているからだろう。
 そして余計な手出しをされるのを好まないのも。
 それを知っているのならば楽だ。
 「ん?洗い物しますか?」
 「いいよ」
 「いえ、ただ飯もなんなので」
 莉央はスーツの上を脱ぐとワイシャツの袖を捲くった。
 「ネクタイも外しちゃっていいすか?取ったらプライベートになりますよ?」
 にっといたずらっ子のように笑ったのに綾世もふっと笑った。
 「いいよ」
 なるほどね。ここからは仕事の取引相手じゃありませんよ、と宣言したんだ。


 面白いヤツ。
 でも取引相手じゃなかったら何になるんだ?
 友人ってほどじゃない。まだ会って3回目だ。
 位置づけはまだ微妙。知り合い、位か?
 莉央がネクタイを外し、シャツの上のボタンを外す。
 スーツの上着の上からもガタイはけっこういいな、と思っていたけれどシャツ姿になればその肩の線は余計はっきりと見える。
 腕も捲くった袖の下から筋張った腕が綾世の腕とは全然違っている。
 「……背も高いしガタイもいいな」
 「え?ああ、俺?一応高校までバスケしてたんで」
 綾世にはスポーツなんて無縁なものだ。
 「バスケはへぼでしたけどね」
 そう言いながら莉央が照れたように笑っているのがカワイイ、と綾世の目に映ってしまった。
 …気のせい、だ。
 ふいと綾世は莉央から顔をそっと背けた。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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