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虹の指針 7

 「マルガリータ美味い!つうか、この生地マジでウマ!」
 「だろう?生地とパスタの麺は知り合いが作ってるんだ」
 莉央の驚いた顔に満足する。これがあったから自分はイタリアンの道に進んだようなものだ。それを認められれば嬉しい。
 「さくさくしてて、パイ生地みたいだけど違うし。なんだろう…?でもマジで美味い!」
 綾世の顔が綻ぶ。
 「パスタは明日な」
 「マジで!?やばいな…すっげ期待してしまいそ…生麺?」
 「ああ。ソースは何系が好き?トマト系?クリーム系?」
 「トマト系で!……って本当にいいんすか?なんか全然美味いばっかで試食の意味ないと思うんですけど?…というか、別に試食しなくてももう十分でしょ。お世辞じゃなくて本当に美味いですもん。俺、わりと自分でも作るし味はうるさいつもりだけど…文句ないっすよ?」
 「だろうね。ちゃんと塩コショウ足りないのも指摘する位だから」
 だから莉央の美味いって言っている顔が信じられる。
 「…綾世さんが得意なのは何ですか?」
 「パスタ」
 莉央の目が期待に膨らんだのが見えて思わず綾世は笑った。


 莉央がいると自然に笑っている。
 ちょっと前までこの世の終わりのように思えていたのに。そしてここ最近は店の事できりきりしてて人と会話というのも事務的な事しか交わしてなかったのに。
 まだ3回。会って3日目だ。
 これはマズイかも、と綾世はどうしようか、と莉央を見た。
 元々バイトを雇う時も公言しようかと思っていた事でもあるけど。
 でも…。
 わずかに逡巡が浮かんでしまう。
 そして言葉を飲み込んだ。
 …自分は臆病だ。
 ふっと綾世は顔を伏せた。
 「綾世さん?どうしました?」
 「え?あ、いや。なんでもない」


 人から向けられる侮蔑の目。
 裏切り。
 人が人である以上は仕方ない事だが…。
 別に自分から進んでそれを受け取りたがるはずもない。
 でも後から向けられるよりダメージは少ないか…?


 葛藤が綾世の心に渦巻いてくる。
 自分だってそんな人間が出来ているわけじゃない。
 今までの事で十分傷ついて、さらに決定的な事があって、もうどうでもいいと自暴自棄になった。
 それでもこうして這い上がってきたのに…。
 手を伸ばそうとしてそれを拒否されたら…。
 綾世は頭を振った。
 手を伸ばさなければいいだけの話だ。
 最初から期待しない、手は伸ばさない、信じられるのは自分のみだ。


 「マリネはどうだ?」
 「美味いです…。いや、ホント言葉に芸がねぇなぁ…なんか粗探そうと思うんすけど…ないですもん。タコ柔らかいし、ちゃんと味するし、見た目も野菜が色鮮やかで綺麗だし、味も酸っぱすぎず甘すぎず絶妙…」
 手放し状態らしいのにやっぱり頬は緩む。
 だからどうしても綾世の中でまた莉央のポイントが上がってしまうんだ。
 味を知ってるやつにちゃんと分かってもらえて、そして美味しいと言ってもらえる。


 嬉しい。
 嬉しいという気持ちも自分は忘れていたかもしれない。
 「ピザもっと貰っていいすか?マジウマ!」
 「どうぞ。足らなかったらすぐ焼ける。今日の分は試食でおまけでくれたやつだからコストもかかってないし」
 「………いただきます」
 悪いなぁ、という顔をしながらも素直に頷くのも可愛い。
 妙に遠慮されるよりよほどいい。
 それ位美味いと思ってくれてるんだと分かるから。
 「綾世さんってイタリアン以外も作るんすか?」
 「ん~……しばらく前はちょっと作ってた事もあったけど…ここ最近はないな。ずっと前の所でもメニューばっかり考えてたから」
 「…ここ最近ってどれ位?」
 「……2、3年位、か?」
 「はぁ!?その間ずっとメニュー考え?」
 「そう。前んとこがね………」
 このまま喋ってしまいそうになって思わず綾世は言葉を止めた。
 「……前のとこやめて自分の店しようと思ってもまたメニュー考え。だからもう飽きてるってのは正直あるな。今日は僕もこのピザ生地が久しぶりだから食べたけど。それに一人じゃ帰ってからわざわざ自分の為に作るのも嫌になるし」
 「……まぁ、それは分かりますけどね。あ、俺は昨日今日と大満足です!美味いの食えて」


 綾世がふっと笑った。
 そして心を引き締める。
 危ない…。また余計な事を言いそうになった。
 この人懐こい笑顔と口調に誘導されて思わず口から余計な事が飛び出しそうになる。
 それにしても、と満足そうにピザを食べる莉央をじっと見た。
 人懐こいのに踏み込んでまでは来ない。
 莉央は綾世が言いたくないという所は察知してそれ以上突っ込んで聞きもしないのだ。
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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