「綾世さん住んでるのはどの辺すか?ここは店だけ?」
「店だけ。住んでるのは離れてるな…」
「電車?」
「そう」
う~ん、と莉央が唸った。
「それじゃ大変だ…」
「まぁね。…いいけど、ピザ足りるか?」
「あ、俺は大丈夫です、けど…綾世さん、ちゃんと食ってます?」
綾世は言葉に詰まった。
正直食欲はあまりなかった。ピザも2切れつまんだだけ。
元々小食だったし、作っていると匂いと味見だけで満腹感を覚えてしまう。
そういえば前よりも大分肉が落ちたかもとウェストが緩くなったジーンズを見た。
「顔色も良くない、と思いますよ?元々白いんでしょうけど」
「……気をつけよう」
言われればそうかもしれないと綾世は素直に頷く。
「俺、明日休みなんです。なんか手伝います?」
「……いい、のか?」
正直手は借りたい。店のディスプレイとかまで手が回っていないのだ。
そこまで頼るな、と頭の中で警告音が鳴っているけれど、どうしても自分だけでは時間が足りない。
「いいっすよ~。どうせ何もする事なくて暇だし」
「……彼女とデートとかしなくていいのか?」
「いないのに出来ませんからねぇ」
いない?もてそうなのに。
「ふられたばっかです。なんでしばらくはいらないですし」
傷心ですから、と全然そう思っていない口調で莉央が笑った。
ふられたのが本当かどうか分からないけれど、彼女がいないのは本当なのだろう。
じゃなきゃ好き好んでわざわざ休みの日に手伝うなんて言わないだろうから。
「ご馳走になった分身体でお返しします」
「……じゃあ、悪いけど…、お願いする」
本当にいいのだろうか?
莉央がにっこりと笑って言った微妙な言い回しは聞かなかった事にして、そう思いながら綾世が言えば莉央がまた笑みを作った。
…営業スマイルだ。
どうも莉央の営業スマイルの出るタイミングが分からない。
まぁ、それはどうでもいいが…。
「あ、俺の携帯の番号教えておきますね。注文とかの用事もこっちにかけてきてもいいですから。食材足らなくなったから持って来いでもいいですし」
莉央が携帯を出したので綾世も携帯を取り出す。
「あ、メールも一応いいですか?綾世さん、店始まったら昼時絶対忙しくて電話なんか出られないでしょう?」
調理するのが自分だけでそれはそうだ、とメアドも交換する。
後から考えてそこまではおかしくないか?と思ったけど、この時はなんとも思っていなかったのが不思議だ。
莉央は綾世の警戒心をするりとすり抜けてくるらしい。
じとりと目の前の莉央の顔を見た。下を向いて携帯を操作している顔に思わず見惚れる。
鼻梁が高く鼻筋が通っている。眉はすっとして柔らかな印象だ。でも全体的にきりっとした印象を受ける。
「綾世さん?」
顔を上げた莉央と真正面から視線が合った。
「え?あ、何?」
「携帯。今メール送ったから確認して?」
「あ、ああ…」
慌てて綾世は携帯を見る。
「苗字、平山ですよ?みんな名前先に覚えて苗字覚えてもらえないんですよ」
莉央が苦笑した。
平山 莉央。
誕生日は11月18日。
密かにそれまで入れておく。
別にただ、入れただけだ。
覚えてもらえないと言ってたからだ。意味なんかない。
「こっちも川嶋 綾世、と」
莉央が呟いて携帯を弄っているのに綾世はどきりとした。
すっかり作った物を平らげて莉央は満足そうだ。
「いい、んですかね…ほんと…こんなご馳走になって」
空になった皿を莉央は自分で洗っている。その手つきも慣れたもので皿の扱いもやはり安心できる。
まだ店用の皿は揃っていないからこれは自宅から試食用にと綾世が運んで来た分だ。
「いいよ。それに明日は手伝ってくれるんだろう?」
綾世はバイト募集の張り紙を書き込みながら答える。
「ええ。そりゃ勿論。明後日も日曜で休みですからお手伝いしますよ」
休みを全部ここにつぎ込むつもりか?
「そこまではいいよ」
「いえ…。そうしたらまた食わしてくれます?」
「そりゃ働きに見合えば勿論」
多少おどけて綾世が言えば勿論働きます!と莉央がガッツポーズを見せる。
「じゃ、是非それで。マジ美味いです」
本当に気に入ったらしい。
莉央の顔が破顔しているのを見ればやはり嬉しい。
「…それはありがとう」
綾世の顔が柔らかく笑みを作った。
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