仕事が休みだという莉央は日曜もやってきた。
そして昨日言った事など何もなかったような莉央の態度に綾世はほっとした。
このままでいい。
そしてまたお茶漬け持参で。
ちゃんと莉央は朝を食べてくるらしい。あれ位食欲があればそうだろうとは思うけれど…。
そしてまた綾世の心がほっこりと温かくなるのだ。
全然食欲なんかなくて一口食べるまではいらない、と思うのだが、折角だからと一口、口にしてしまえば優しい味にそれを平らげている。
綾世が食欲がないのを莉央は分かっているのだ。
そして今日は梅味。すっきりとして、綾世のない食欲が幾分ましになった感じがする。
「ねぇ、綾世さん…昨日も帰ってないでしょ?」
「………」
住んでいる所が近いと言ったが本当に見える範囲なのか?
「ホント倒れちゃいますよ?」
「……時間が足りないんだ。気付くと最終がもうなくなってるから」
はぁ、と莉央が溜息を吐き出す。
昨日は心配する莉央にちゃんと帰るからと言って莉央を帰したが結局一段落した時最終電車はとうになかった。
莉央がちょっと考え込んだ様子に綾世は首を傾げた。
「綾世さん、今日俺夕飯いりませんから。もう俺だいたい食ったでしょ?全部満足です。食べてないのだって満足するの分かってますよ。まぁ、これは俺個人の意見ですけどね…。他の人だって絶対そう思います。自信もっていいですから」
もう、全部分かったから食べなくていい、って事か…?
とたんに不安が襲ってくる。拒否されるのが怖い。
綾世の顔がみるみる曇っていった。
「ああ!違います!!あなたの作ったのが食べたくないんじゃないんです!綾世さんの料理は本当美味いですよ。綺麗なだけじゃない。ちゃんと素材の味がするし、味付けもそれを引き立ててますからいくらでも食えます。ただ綾世さんが食べなさ過ぎるから。だから今日は俺がご馳走します。いいですか?」
「……よくない」
「ダメ。決めた。……あ、でも俺の作ったのなんか食いたくないっていうなら…」
ずるい。
料理人として作る者の気持ちは分かる。そんな事を言われたら拒否出来なくなる。そして莉央は、コイツはそんな気持ちを十分に理解してそれを口に出していっているのだ。
そんな綾世の表情を読み取って莉央はにこりとまた営業スマイルを浮べた。
「決まり。俺ん家ここからすぐですし、ね?さ、今日は俺何すればいいすか?」
有無を言わせないで莉央はもう話題を打ち切る。
決定にされたらしい。
そしてそれをもきっぱりと断れない自分にイラつく。
心の中が複雑だ。
拒否しろと訴えている。
でも出来ない…。
心のどこかで縋りたいという思いがあるのか?
ダメだ…。
「綾世さん?」
「え?あ、ああ…そうだな…」
やる事も多いがそういえば買出しにも行かなくてはならない…。
「買出しも…色々備品も欲しいんだが…」
伝票や領収書、細々とした欲しい物もいっぱいある。
「あ、じゃあ丁度いいそれ午後にしましょう。俺車出しますから。俺も買い物したかったし」
「…いい、か?」
「ええ!勿論」
車を持っていない綾世は正直助かる。
「…すまない」
「いいえ~!じゃ午前中は何します?メニュー表は確か注文の中に入ってたからくるの今週だろうし」
莉央のおかげで後回しになっていた事が次々と進んでいく。
それに莉央は仕事も早い。無駄な動きはないし、こっちの言った事もして欲しい事もすぐに理解する。
それは見積もりを頼んだ時だって分かっていたけれど、仕事が出来るヤツは何をやったって出来るんだ。
…本当に助かる。
ただ、どうしても昨日の莉央の言った事が気にかかる。
けれど、莉央がおくびにも出さないのに残念がっている自分を奥底に見つける。
そういえばもうどれくらいセックスしてなかった?
はたと頭の中で数えようとして止めた。
それじゃまるで期待しているみたいじゃないか。
綾世はかっ、と一人で動揺する。
もうずっと性欲も湧いていなかった。
食欲もそう。
まるで俗世から離脱しているかのような自分自身に思わず綾世は苦笑が漏れた。
でもまだこうして考えられるってことは枯れてはいなかったらしい、と少しだけほっとしてしまう。
それでも自分からその中に飛び込もうとは思ってなどいない。
もう痛い目を見るのは嫌だ。
苦しい思いをするなら最初から何もないほうがいいに決まっている。
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