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虹の指針 14

 店のすぐ裏手の通りを隔てたマンションにすぐに到着して車を入れるのに綾世は莉央を思わず見た。
 「近い!」
 「だから近いって言ったでしょ。ウチ5階で綾世さんの店の丁度キッチンの方見えるんです。電気ついてるの見えますもん」


 それじゃ確かに分かられるはずだ。
 そりゃ確かに車持ってくるのに5分なわけだ。
 莉央が買った荷物を持ってエレベーターで5階に上がる。


 「俺の給料に見合ってないマンションですけど」
 「……そうなのか?」
 「ウチの給料安すぎですよ!ほんと…キツイです…」
 はぁ、と莉央が溜息をついている。
 「だから外食も出来なくて弁当持参なんです。まぁこの辺はあんまり食べるところもないから…余所見しなくていいので助かりますけど」
 綾世も店の近くでとアパートを探したけれど高くて結局離れた所に借りたのだ。莉央の言っているのも分かるけど、ならどうして莉央は一人でここに…?


 「どうぞ?」
 案内されたのはマンションの角部屋だ。
 莉央がドアを開けて電気をつければ綾世の目に入ったのは一人暮らしにしては広い部屋だ。
 ワンルームでもこの辺りは高かったのに、これじゃいくらだよ?と綾世は莉央を伺う様に見る。その視線に気付いて莉央が苦笑していた。


 「ね?見合ってないっしょ?」
 短いけど廊下がある。部屋は二つ?それにダイニングキッチンにリビング。
 「……広い」
 「無駄にね」
 莉央が肩を竦めながらダイニングのテーブルに買い物してきた物を置くと、てきぱきと片付け始める。


 対面式のキッチン。
 ダイニングテーブルは二人掛け。
 部屋は無駄なものはなくてすっきりして綺麗だ。


 「ここでしてていいですよ?」
 さっとテーブルの上を布巾で拭くと椅子を引き綾世に席を勧めてきたのに綾世はそっと腰かけた。
 「トイレそっち、洗面所はその隣です。勝手に使ってくれていいですから」
 「……ああ」
 勝手に…って言われても、と思いながらも頷いた。
 何となく落ち着かなくて綾世はすぐに書類を出して眺めることにする。


 莉央はすぐにキッチンに入ってぱたぱたと動いている。
 包丁の音、お湯の湧く音。
 店と違う家の中の生活音がする。
 なんで会ってまだ指折り数える位なのに自分はここにいるんだ?
 自分で首を捻りたくなる。
 綾世は人懐こい方ではない。
 莉央が人懐こいからだ。きっと。


 人の家で落ち着かないのに心の中に安堵を感じる。
 自分は今までどれだけ心寂しかったんだ?と思わず自分に問いかけたくなった。
 莉央の動く気配と料理の香りに安心しながら綾世は書類を眺め書き込んでいく。
 しかし本当に一人暮らしにしては広い。
 店の近くでこんなマンションに一人暮らしなんて嫌なヤツだな、とちょっとやさぐれた思いも湧いてくる。
 でもキツイって言ってたし…。
 まぁ、人の事情だ、と綾世は書類に集中するようにした。


 「綾世さん…キリいいとこで一旦いいすか?」
 「え?ああ…」
 すっかり書類に夢中になっていたのに莉央に声をかけられてはっとした。
 わたわたと書類を片付けると莉央が料理を並べ始める。和食中心らしい。あっさりめで和食の料理の香りに珍しく綾世の食欲が刺激された。


 「酒、飲みます?ビールか焼酎しかないけど。オサレなワインなんかないですよ?」
 「…じゃビール」
 そういや酒も全然飲んでいなかった。元々そんなに飲む方ではなかったのも確かだけど。
 「このままでいい?グラスに注ぎます?」
 「いいよ。わざわざ」
 冷蔵庫から冷えたビール缶を出してきたのを受け取ったけれど、どうも至れり尽くせりだ。
 「……悪い…」
 「全然?」
 にっこりとまた営業スマイルだ。


 なぜ?
 なんでここで営業用の笑みが出てくるんだ?
 綾世は首を傾げた。
 莉央が缶を持ち上げたので綾世もそれに合わせぐびりと一口煽る。
 綾世は酒がかっと身体に染み渡っていき、莉央はぷはっとおいしそうに息を漏らした。
 「どうぞ?」
 「……イタダキマス」
 莉央がビールを飲みながら勧めてきたので綾世は箸を持った。


 「綾世さん食欲なさそうだから和食にしたけど…。中華じゃ重いでしょ?」 
 「…そう、かも」
 「中華はそのうちね?」
 またそのうち、だ。これ一回ではないらしい。また次がある…?
 和え物、煮物、と淡い色の優しそうなものが並んでいた。そしてご飯。そういや温かいご飯もかなり久しい。
 食べやすいようにかただの白米じゃなくて白ゴマをまぶしてある。
 彩りも緑に赤にと美味しそうだ。
 ディスプレイの時も思ったけど、莉央はやっぱりセンスがいいらしい。
 並んだ料理に思わず綾世の表情が綻んだ。
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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