一口そっと口に運ぶと見た目と同じ優しい味が口の中に広がった。
「……美味しい」
「……よかった」
ほっとしたのか照れ隠しにか莉央がビールに口をつける。
「…今日のも時間なかったから市販のダシですけど」
「だから、別に気にしなくていいだろう?」
思わず綾世は笑ってしまった。
笑いながら味噌汁に口をつける。
ああ、ビールなんかよりずっと美味しい。
イタリアンのシェフなんてしているけれど、こういうのを口にするとつくづく日本人なんだと再認識する。
思わずじっと莉央の作った料理に見惚れた。
「…どうしました?」
「いや、いいな…と思ったんだ。やっぱり日本人は和食だな、と」
莉央は目を丸くしてぶっと拭き出した。
「何言ってるんですか!イタリアンシェフのあなたが!」
「そうだけど…。そう思ったんだから、いいだろ」
「……そう、ですか…?」
莉央が蕩けそうな目で綾世を見た。
その目に綾世は思わずかっと自分の顔が火照ったのが分かった。
「綾世さんにそう言ってもらえるなら作った甲斐がありますよ」
くすと莉央が満足そうに微笑んでいる。
ダメだ。
ただダメ、という言葉が頭の中を支配した。
ダメだ。危険。ダメだ。
この場から綾世は即座に逃げ出したくなった。
でもまさか折角作ってくれたものを中座してというのは料理人としての自分が許せなくなる。
どうしたらいい?
さっさと食べてこの部屋を出ればいい。
「ここ、広いでしょ?本当は別れた彼女と住もうかと考えてたんですよ」
莉央が綾世から視線を背け、ビールを見ながら呟いたのに綾世は思わず莉央の顔を見た。
「といってもその彼女は一度もここ来てませんけどね。ここに誰か来たのは綾世さんが初めてです」
莉央が顔を上げ綾世をじっと見た。
視線が絡まる。
だめだ…。
莉央の目の奥にも傷が見えた。
捕らえられた…。
そう感じてしまった。
「……すみません。こんな話…聞きたくないっすね。どうぞ?食べて下さい」
「ああ……」
何と言っていいか分からない。気の利かない自分に苛立つ。
「……美味い」
「どうも」
料理に箸をつけ綾世がそう呟くとにっこりと莉央が笑った。
その顔はさっきの傷ついた顔とは全然違う。
傷持つ同士が傷を舐めあうのか…?
「そうだ、綾世さん、木枠いります?外国の。輸入物で何か取った時に木枠に入ってきたんですよ。それが中々いい味出してるから店の外に置いても雰囲気作りにいいと思うんですけど」
「あ、欲しい」
「いいっすよ~。じゃ適当に持っていきますね」
「頼む」
莉央のセンスでいい、というのならばいいのだろう。
そう思える位にもう信用していた。
人なんて信じるもんじゃない、と思っていたのに。
いや、これは人じゃなくて莉央のセンスを信じているんだ。種類が違う。
必死に自分に言い訳している。
莉央と他愛のない会話が続く。でもそれがどこかうわの空だ。
きっと莉央だって分かっているはず。
ビールばっかり飲んでいた莉央は綾世がいつもよりも箸を動かしていたのに満足したのかやっと自分も箸を出してきた。
一つ一つ味を確かめながら頷いている。
「まぁまぁ、かな?」
「いや、美味い。さすがだ」
「……って言われても俺和食は1年だけだし」
莉央が笑っていた。
危険。逃げろ。
警鐘はさらに大きくなっている気がする。
莉央から、じゃない。自分の気持ちからだ。
これ以上莉央と一緒にいるのはマズイ。
ちらと壁にかけてあった時計を見ればもう9時半を過ぎていた。
いつになく量を食べた。
だってこれは莉央が綾世のために作ってくれたものだから。
でももう十分だ。
「……もう9時半過ぎてる。お暇するよ。今日は手伝ってもらって車まで出してもらい、さらにこうしてご馳走にまでなって…今日の分は後でちゃんとお返しするから」
「いいえ~。気にしないでいいですよ?それにまだ帰らなくていいじゃないですか」
「そんなわけに…」
「いいえ。帰しませんから」
にっこりと莉央が笑った。
「え?」
「帰しません、から」
「いや、…帰る…」
かたんと椅子から立ち上がった綾世の腕を莉央が掴んだ。
「綾世さん?あなたは今日俺のベッドで寝ていくんです」
「な、に…言って…」
「文字通りにただ寝るだけでもいいし、そうじゃなくてもいいですよ?」
「意味、が…分からない……」
莉央が肩を竦めた。
テーマ : 自作BL小説
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