「綾世さん、ちゃんと寝てないでしょう?顔色ほんっと悪いです」
「そんな事!お前に関係ないっ!」
掴まれた腕を振り払おうとした。でも莉央は離さない。
「ダメです。離しません」
莉央はテーブルに置かれた綾世のまだ入っているビールを手に取ると綾世にかけた。
「な、にするっ!」
「そのままじゃ帰れないでしょう?」
にっこりと莉央が笑った。
「シャワーどうぞ?お風呂も。お湯入ってるんで」
「……な、……なんで…」
「服は脱いだら洗濯ちゃんとしておきます。乾燥機もついてるから明日朝までに渇きますよ」
莉央は綾世の腕を引っ張って風呂場に押し込んできた。
「シャンプーでもなんでも好きに使っていいです。着替えも出しておきますから。俺ので悪いですけど、どうぞ」
そう言って莉央は綾世の腕を離し、風呂場からいなくなった。
……ビール臭い。
なんで莉央はこんな事を?
しばらく呆然としていたが綾世はビール臭さに顔を顰めた。
そしてこのままでは電車にも乗れないのに悩んだ末のろのろと服を脱いだ。
洗面所が目に入る。
あるのはコップ一つに歯ブラシ1本。
確かにここには莉央しか住んでいないらしい。
しかしいつのまにお湯を張っていたのか?
そろりと風呂場の扉を開ければ、本当にちゃんと湯船にお湯が入っていた。
…ビールをかけたのは最初から考えていたのか…?
逡巡しながらもビール臭さに我慢出来なくて、匂いを流し、お湯に入ると綾世の身体にじわりと温かさが沁みてくる。
ガチャリとドアの開く音と洗面所に人の気配を感じて綾世はびくりと身体を竦めた。
「着替えとタオル置いておきます。ゆっくりどうぞ」
莉央の声に綾世は返事もしなかったが莉央は気にしないらしくそのまま姿を消しドアの閉まる音がした。
それに綾世ははぁ、と安堵の溜息をそっと吐き出した。
なんでこんな事に…?
綾世の頭の中がぐるぐると回っている。
さっき莉央は何て言った?
莉央のベッドに寝る?
帰さない?
ただ寝るだけでもいい?そうじゃなくてもいい?
くらくらと眩暈がしてきそうだった。
そして同時に身体が疼く。
ダメだというのに。
身体が期待してると訴えてくる。
違う!
ぞくりと背中が戦慄く。
なんで…こんなことに…。
綾世が望めば莉央は綾世を抱くというのか!?
どうしたらいい!?
どうしたら逃れられる!?
そんなのダメだ…。
ぐるぐるしたまま綾世はお湯から上がれなくなる。
だってここから出たらどうなってしまう?
なんで莉央に言われるまま言う事を聞いてしまったのか、そのまま店に戻ればよかった。そのまま電車で臭くたって帰ればよかった。
自分はバカだ。
どうしよう、ばかりが綾世の頭の中を駆け巡る。
「綾世さんっ!」
莉央の声にはっとした。
自分はどうしたっけ?
「莉央…?」
目の前には心配そうな莉央の顔があった。
「よかった!」
がばっと莉央が抱きついてきたのにびくりと綾世は大きく身体を揺らした。
「な、に……?」
「風呂場で倒れてたんです。具合は?」
「いや…特に…悪くもないけ、ど…」
倒れた?
「水です。飲んで」
コップを差し出されてそれを受け取り、流し込むと喉が渇いていたらしい。それをすぐに飲み干した。
「もっといりますか?」
「…いや、だいじょう…ぶ……」
そこで自分が莉央の腕に抱かれているのに気付いた。しかも、もしかしなくてもここは莉央のベッドか!?
莉央の腕から逃れようとしたが自分が何も身に着けていないでタオルだけが掛けられているのに気付く。
「あ……み、水……やっぱ…り、ほし…」
「…どうぞ」
莉央はベッド脇のチェストに片手を伸ばして水をコップに注いで手渡してくれた。莉央は綾世の身体を離す気はないらしい。
それを受け取り、ばくばくと鳴る心臓と頭を冷やすように口をつけた。
「本当に具合悪いとかないですか?」
「ああ、ない…と思う」
どうしたらいい?逃げ出したい。
これはダメだ。ヤバイ…。
でも目の前にある莉央の視線から逃れられない。
「っ!!」
さわりと莉央の手が綾世の背中を動いたのにぎゅっと思わず目を閉じた。
「綾世さん…」
こくりと莉央が唾を飲み込むのが分かった。
「いい、です…か?」
「な、なに……が、だ?」
「それ、聞きますか…?もう大人でしょ?」
くすっと莉央が笑った。
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