夜になって時計を見るとすでに10時。
弁当箱があったのにはっとした。
返しに行かないと。
今日はバイトの問い合わせも何件か入ってちょっと安心した。
莉央に電話しようかとも思ったけれど何となくかけづらくてそのまま行く事にした。
一応店の電気も消す。
エレベーターで5階まで上がってどうしようかと悩む。インターホンを押すか、それとも鍵を持っているからそのまま入るか。
莉央が疲れて寝ていたら悪いけど、だからって勝手に入るのも…。
恐る恐るインターホンを鳴らすとすぐに莉央がドアを開けてくれた。
「鍵持ってたでしょ?入ってきてよかったのに」
「いや、まさか…」
「どうぞ?」
どうぞ、と言いながら莉央が綾世の腕を引っ張る。
それはどうぞじゃないだろう。
「綾世さんご飯食べてないでしょ?俺もさっき帰ってきたばっかでまだなんです。食べて?」
「いや、いいよ」
「いいから、いいから。俺一人じゃ味気ないし。ね?ほら夜だし、玄関じゃ声響くから!」
「あ、ああ…」
そう言われてしまえば玄関で押し問答も出来ない。
「でもすぐ帰る」
「え~?そんな事言わないで」
まぁ、座って、とダイニングに座らせられれば本当にご飯だったらしい。
すでにテーブルに料理が用意がされていた。
「……本当にマメだな」
「まぁね。必要にせまられて、ですけど。どうぞ?」
「……悪い」
「いいえ~全然。綾世さん全然食わないし!いきなり食うやつにだったら勧めません!無理!」
確かに、と綾世も笑ってしまう。
「あ~~、俺、綾世さんの店でいきなり食ってたし」
「いや、あれは本当にいいんだ」
なんか会話が普通だ。
いいのか?これで?
「あ!今日のウマかったです!マジで助かりましたよ!ほんともう今日は大変で…また明日も続くんだけど」
はぁ、と莉央が溜息を吐き出した。
「いや、あ…弁当…ありがとう。うまかった。洗ってあるから」
「全部食えました?」
「ああ」
綾世は頷いた。食欲は相変わらずないけれど、莉央のならば食べられた。
今日の夕食は和食オンリーではないらしい。
炒めものもあるし、から揚げもあった。
「……これ、お前帰って来てから作ったのか?」
「ええ。だから余計にこんな遅い時間。いつも多めに作って、週末とかはそれアレンジして、みたいにしてるから」
だから買い物が多かったのか。
「さ、どうぞ。俺はビール先だな。綾世さんは?」
冷蔵庫から莉央がビールを出してくる。
「あ、僕はいいよ。元々そんな飲まないし。一口でいい位だ」
「じゃ一口」
はいと缶を渡されて一口だけつけ莉央に返す。
「それだけでいいんですか?」
「ああ」
「安上がり~。綾世さん今日は調子いいみたいですね?」
どうぞ、と勧められて箸を伸ばした。やっぱり美味しい。自分で作っていると味が分からなくなってくるけど、莉央のは普通に美味しいと思える。
「ああ、まぁ。バイトの問い合わせも来たし」
「……男?女?」
「女の子が3人。男の子は1人かな」
「ふぅん……なるべく男とらないでくださいね?」
「え?まぁ、あんまり取る気はなかったけど…」
「ならいいです」
営業スマイルが出た。
ん?…なんで…?
すると莉央は営業笑いをやめて苦笑を浮べた。
「だって綾世さん取られちゃったら困るし」
「こ、ま……」
何を言ってるんだ!?
「そんなわけ……って…別に僕、は…莉央のもの、でもない…」
「…ま、そう、ですね」
莉央が肩を竦めた。
そうだ、なのになんで自分は莉央のマンションに上がってご飯食ってるんだ?
これじゃまるで自分が期待しているようじゃないか。
違う、そんな事思っていなかった。
どうしよう、と思わず落ち着かなくなる。
「分かってますから…」
莉央が静かにそう言った。
分かってる?何を?
「綾世さんのせいじゃないから。俺が自分を綾世さんに押し付けてるんです」
…何を言ってる?
綾世は莉央を訝しげに見た。
「という事で、今日も帰しませんから」
そしてにっこりと笑った。
「今日は帰る!」
「もう終電ないのに?」
「え!?」
はっと時計を見た。
「……………」
いつの間にこんなに時間が過ぎていたんだ?
にこにこと莉央が笑ってる。こいつは絶対確信犯だ。
「今日はさすがに何もしないですから。連日じゃ綾世さん倒れちゃいそうですしね。着替え俺の貸しますね。ちょっと大きいけど」
「……………」
綾世はじろりと莉央を睨んだけど勿論莉央はどうという事もないようだった。
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