莉央のベッドは彼女と暮らすつもりだったからかどうかは知らないけれどダブルベッドだった。
帰るんだったら襲います、と言われて思わず大人しく莉央の言われるままにしてしまった。
それに昨日のことがあって今更、な気もしないでもない。
ただ、なし崩しだけはだめだ。
そうはいっても風呂を借りたときに朝洗面所に置いていった歯ブラシが目に入って、自分の痕跡が残っているのに途轍もなく綾世は恥かしくなった。
「どうぞ?今日はほんとに何もしませんから。…あ、軽くキス位はいいでしょ?」
自分が流されなければいいことだ。
莉央が軽やかに笑いながら言うのを無視して綾世はそそくさとベッドに登り、端に陣取る。
莉央の服は大きくてぶかぶかなのもムカつく所だ。
「ふふ…俺のもの感…」
ぷっと莉央が綾世を見てふきだすのを睨んだ。
その綾世の身体を莉央がくいと引っ張り、そして綾世の上に乗るように体勢を変えた。
でも莉央はきっと今日はしないと言っているからしないだろう。
「なんだ、信用されちゃってるんだ?つまんない。でも…今日はマジで嬉しかった…朝の行ってらっしゃいも昼のピザもそしてなんと言っても歯ブラシだなぁ…」
かっと綾世が顔を赤くした。やっぱり気付いてる。そりゃそうだろうけど。
「また来る、って事でいいんでしょ?」
「そうじゃないっ!」
「っていっても今もいるし?」
「…………」
それはお前が帰れなくしたんだ。自分は別に店で寝てもいいんだ。
……一体アパートに何日帰ってないだろう?
「明日はさすがに帰らないと!もう何日も帰ってないから」
「う~ん……じゃ明日はアパートまで送って行きます。で、着替えを持ってまた戻ってくる」
「は?何言ってんだ?」
「だって……俺もここで一人はちょっと寂しいかなって思うんですよね」
「そんな事僕に関係ないだろ」
「そんな事言わないで下さいよ。身体結んだ仲なのに」
「なっ!……」
綾世は思わず絶句する。
「ほんと可愛い反応すよね…」
莉央が綾世の耳にキスして唇に軽くキスすると身体を退けた。
「今日はホントしません。安心してゆっくり寝ていいです。疲れてるでしょう?昨日も揺すっても何しても全然起きませんでしたよ?」
「ぅ………」
それは確かにぐっすり寝たのは分かっていた。
「いいですよ。今日もぐっすり寝てください。して欲しいならしますけど?」
「………いらない」
ベッドでうつぶせになって頬杖つきながら莉央が言うのに綾世が断れば莉央はちぇっと舌打ちして笑った。
「おやすみなさい。安心して寝てくださいね」
莉央がそう言って軽くキスすると電気を消す。
それはいいけれど。
「…なんだ?この腕は?」
莉央の腕が綾世の身体に回っていた。
「だって隣にいるんですから」
理由になっていない。
「昨日もしてましたよ?綾世さんすり寄って来て可愛か…」
慌てて耳元に聞こえる声を頼りに綾世は莉央の口を塞いだ。
何も聞くな。平静を保て。
こんな事何でもない事だ。
余裕を見せろ。
綾世は必死に自分の中で言い聞かせる。
それにしたって莉央に対する拒否がないのは自分がよく分かっている。
もう遅い、だろうか…?
自分の中で莉央の存在が大きくなっている。
全然何もまだ知らないと言っていいのに。
「綾世さん」
莉央が名前を呼んでキスした。
その声に心臓が苦しくなる。
もう遅い…、だろう。
つくづく自分はなんてバカなんだろうと頭を抱えたくなる。
「……莉央が悪い」
「はい?」
「………なんでもない。オヤスミ」
そうだ。莉央が悪い。
綾世の心の隙間にするりと入ってきた莉央はその存在感を増していた。
まだ会って1週間も経たないのにこんな風に一緒に寝るってどういう事だ?
自分はこんな事は絶対にない。
だいたい人を受け入れる事が絶対的に少ないはずなのに。
虹が……。
虹のせいにしている。
でもそれが大きいのも確か。
信じてもいいのだろうか?
いや、まさか。そんな簡単に信じるな。今までの思いを思い出せ。
まだ癒えない傷から忸怩たる思いが滲み出てくる。
でも誰かに縋りたいのも本当なのだ。
なんで人は一人で生きていけないのか…。
綾世は莉央の体温を感じながらいつの間にか目を閉じていた。
テーマ : BL小説
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