莉央の好意は目に見えて分かる。
莉央だってまさかなんでもないのにこんな事はしないだろう。
それに…。
すでにもう莉央には抱かれてる、のだ。
その後も弁当くれたり、昨日はただ本当に寝ただけで綾世の身体の事も考えているというのはわかる事だ。
そしてキス…。
いってらっしゃい、でキスって…。
朝はぼうっとしてるからあんまり考えてなかったけど、いきなり恥かしくなった。
なんでだ?それじゃまるで…。
「ねぇ、綾世さん?」
「ん…あ、ああ?何?」
信号が青になって車を出しながら莉央が話しかけてきた。
「まだ会って1週間も経ってないですけど」
「…うん?」
「ウチ来ませんか?」
「………は?」
どういう意味だ?来ませんか?
莉央が髪をかきあげながら言った。
「ウチ広いでしょ?綾世さん、今のアパートの分の値段でいいですから。そうしたら店からすぐだし、よくありませんか?」
あそこに住め、という事か?
……そんなのいいに決まってる。なんといっても店からすぐだ。
決まってるけど…違うだろ。
「俺キツイって言ったじゃないですか?…ね?ダメ?そうすっと俺すっげ楽になるんだけど」
確かに言ってた。
言ってたけど……。
綾世は莉央をじっと伺う様に見た。
「………キツイのは本当だけど、それもこじつけです」
こじつけ?
ふぅ、と莉央はため息を吐き出す。
「一緒にいたいんです。ダメですか?」
「……あのな、本当にまだ1週間も経ってないのにおかしいだろ?」
「分かってますよ。だから最初に言ったでしょ」
「分かってて言うか?」
「だって店始まったらきっと綾世さん忙しくて昼間だってゆっくり話なんて出来ないと思いますもん。それにバイトとかも使うんでしょ?お店で二人っきりなんてなれないじゃないですか。鍵渡してたって綾世さん用事なきゃウチ来ないでしょ」
「用事ないのに行く必要ないな」
はぁと莉央が頭を抱える。
「でしょ!だから一緒に!」
「……全然繋がってないぞ?」
「分かってます。けど、俺ん中では繋がってるの。………昨日と今日の綾世さんの<いってらっしゃい>がもう~~…あれだけで朝から幸せ気分ですよ。あれが明日はないかと思うとがっくりです」
かっと綾世は耳まで熱くなった。
「朝は低血圧でぼうっとしてるんだ」
「うん、そうだと思ってましたけど。だからそこが可愛いんじゃないですか!」
「……少し黙ってろ」
恥かしくていたたまれない。
「いいですけど、もうそろそろ近くじゃないですか?あとどう行けばいいすか?」
「え?」
外を見れば確かに近づいてきていた。
一旦話は強制的に終わらせて綾世は道案内に徹した。
「ここだ。ありがとう」
「え?帰れって?」
綾世はう、と言葉を詰まらせる。
自分だけさんざん莉央のマンションに入ってるのに送ってもらってさよなら、は…。
本当ならここでさよならがいいんだ。
分かってる。
ただ綾世は性格上受けたものは返さないとどうも自分の居心地が悪くて仕方ないのだ。
「……少しだけなら」
綾世が諦めてそう言うと莉央は笑みを浮かべ、いそいそと車を降りた。
「狭いぞ?」
「全然気にしません。俺はむしろ今の広い方が落ち着かないすもん」
本当か?と伺う様に莉央を見ながら自分の部屋に案内した。
車はハザードをつけて路駐。莉央も長居はしないって事だろう。
アパートは1階の奥の部屋だ。
「あ、鍵返さないと!」
莉央のマンションの鍵を持ったままだった。
「とりあえず持ってていいすよ?」
「よくない」
「いいから。ほら、綾世さん、部屋ここ?」
「……ああ」
綾世は自分の部屋の鍵を出してドアに差し込んだ。
「ん……???」
開いてる…?
「どうしました?」
「いや、鍵かかって、ない…」
心臓が嫌な音をたてて動悸を始めた。
「綾世さん」
莉央がぐいと綾世の肩を抱き寄せると庇うようにして莉央がドアに手をかけた。
「……開けますよ?」
どくどくと心臓が鳴っていて冷や汗も流れてきそうだ。綾世は抱えられた莉央の服を知らずに掴んでいた。
「……警察、電話しないと」
部屋の中はぐちゃぐちゃにかき回されていた。
「莉、央……」
「ああ、大丈夫ですよ。ついてますから。ここに何か大事な物とかってありますか?」
「……ない。留守してるのが多かったから…」
「ならいいですね」
莉央がずっと肩をとんとんと宥めるように叩いてくれていた。
精神的に参っていたのにさらにこれでは倒れてしまいそうだ、と綾世は莉央の服を手が白くなるほどに握り締めていた。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学