寒い。
温もりを探した。
綾世はいつでも心が寒かった。
あ……。温かい…。
温かい何かに包まれる。
はっと綾世は目を覚ました。
目の前に目を開けた莉央の顔があった。
「…珍しい。おはようございます」
「お…は、よ……」
莉央の目が優しく笑う。
綾世が温もりを探して、と莉央は言ってたけど、本当らしい。
今、自分は確かに探していた。そして莉央の腕が綾世の身体を包むようにしているのも分かった。
「ちゃんと寝られました?」
「ああ、…寝た、と思う…」
いつもよりすっきりしているかもしれない。
昨日の夜はアパートに泥棒が入って、なんて事があってかなり動揺していたはずなのにのうのうと自分はぐっすり眠ったらしい。
…きっと莉央のこの腕のせいだ。
この腕に安心したんだ。
「綾世さん」
莉央が半身を起こすと綾世の上に身体をのせてくる。
「莉、央…」
莉央の唇が綾世の唇に重なった。
「ん…ぅ……」
舌が入ってきて口腔の中を舐っていく。
絡まって吸い上げられて、唾液が口端を伝っていく。
「う…ヤバイ……すよ…エロい…」
「な、に…言って……」
「でも…時間がない…はぁ……」
莉央が綾世の上で溜息を吐き出した。
そして莉央の勃ち上がったものが綾世の身体にあたっているのにかっと顔が赤くなった。
「ん……?気付きました?…でも時間ないんすよ…」
莉央はまた溜息を吐き出しながら仕方なさそうにベッドから起き上がった。
「綾世さんまだ寝てていいですよ?寝足らないでしょ?」
莉央が綾世の額にキスして部屋を出て行くとまた綾世はとろりと眠くなってきた。
どんだけ眠いんだ…?
そう思いながら綾世はまた目を閉じていた。
再びはっと目覚めると莉央が部屋で着替えをしている所だった。
「あ!もう行く時間、か?」
二度寝してたらしいのに綾世は慌てた。慌ててはいるけれど頭はまだちゃんと目覚めていない感じだ。
「はい。起こそうかとも思ったけど気持ちよさそうに寝てるし」
「……起こせ」
「いやです。寝顔見てるのも楽しいですから。今日は昼位に店に行きますね。注文の品届くはずですからお届けに行きます。綾世さんのお昼食べたいな?」
「…いいよ。何がいい?」
「じゃパスタで」
「…分かった」
綾世は半身起き上がってぼうっとしたまま答える。
「綾世さん、ほんとに28?」
「ん?そうだけど?」
「……見えないし。可愛いし。綺麗だし。朝から目の保養。行ってきますね?」
着替えを終えた莉央がベッドに近づいてきてキスする。
「俺の嫁?」
「……誰が嫁だ!」
くくくっと莉央が笑っている。
からかっているのか!?
「あ、いってらっしゃい」
じゃ、という莉央にやっぱりそう返してしまうと莉央が蕩ける顔で行ってきますと言って出かけていった。
家主をベッドから見送りってどうなんだ?
綾世はぼうっとしながらも考える。
のそりと起き出すとダイニングテーブルには弁当と朝ごはんが用意されている。何も莉央は言わなかったけれどこれは綾世の分だ。
…嫁は莉央の方だろう。
って違う!綾世は頭をふるふると振った。
バイトの面接が何件か入ってるし今日も忙しい。
莉央の所に食品の注文ももう入れようか。
用意してくれた朝食を食べて食器を洗って。
朝飯を食べるなんて久しぶりの事だ。学生の時以来かもしれない。
ずっと3食きちんと食べることもなかったし、ぐっすり寝られることもなかった。
それなのにここにいるようになってからはそれが普通になっている。
まだ3日なのに。
折角作ってくれたものだから、と綾世は弁当を持ってマンションを出た。
返すつもりだった莉央のマンションの鍵は綾世の鍵束の中に加えられた。
すぐに着く店。
温かい寝床。優しい腕。
綾世は泣きたくなってくる。
今までに味わった事のない幸福感だ。
昨日のアパートの件で莉央は綾世の中にさらに大きくなっている。
頼られる存在。
ずっと動揺して訳が分からなくなっていた綾世の肩を莉央は離さなかった。
そういえば好きだ、と言われたんだ…。
まだ莉央の事は全然知らないけれど、知っていけばいい、と…。
莉央の傷はどんな…?
彼女と暮らそうと思った、と言っていた。
そんな存在が莉央にいたのか、と思えば綾世の中にやるせない思いが湧いてくる。
…もうすっかり莉央の事しか考えていないではないか。
ふっと綾世は自嘲の笑みを浮べる。
あの虹はやっぱり莉央の事を歓迎していたのだろうか…?
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学