「ああ~!満足」
「よかった。莉央、食品も注文してもいいか?」
「いいですけど、うちに在庫ある分はすぐ持ってこられますよ?」
「うん。今までは試食で適当に買ってきた分で作ってたけど、ベース作りとかも始めようかと」
綾世の言葉に莉央がこくりと頷いた。
「……もうすぐ、ですね?」
「ああ」
綾世も頷く。
「午後の予定は?」
「バイトの面接がある」
「ヤローは基本ダメですからね!女の子でも危険だけど…」
「……それはない」
綾世がそっぽを向きながら言えば莉央はにこりと笑みを浮かべる。
「じゃやっぱり女の子で!でもランチは?主婦とか?」
「…になるな。そういえば警察から電話があった。あの近辺で空き巣が多発してたらしい」
「……犯人捕まりそうなんですか?」
「分からない。けど僕は結局被害ないようなもんだから」
「被害なくたって精神的にはキツイですから。……俺、今日はわりと早めに仕事終わるんですけど、綾世さんは?」
「さぁ?どうかな」
「じゃ終わったら電話下さい。迎えにきます」
「は?だって莉央のとこまで歩いて何分もかからないけど?」
「でも危ないですから」
「………ばかか?」
「だって!俺みたいなでかいヤローなら心配しないですけど。綾世さんってば細いし綺麗だし!途中で襲われたりしたら…」
「…あのな…。さすがに道端でそんな事なんて事はなかったけど?」
いったいコイツは何を言い出すのか。
「………というか、お前の所に帰る前提で話してる、けど…」
「いいっすよ!勿論。あっちのアパート解約しに週末行きましょうか?」
「え?」
「だってどっちにしろもうあそこに住むの嫌でしょう?それにほら、ここから遠いし?ウチはこんなに近いですよ~?」
「………」
そうだけど!
でも…。
「ま、それは後で話しましょうね?それと迎えはなしでもここ出る時に連絡はくださいね」
「……なんで?」
「心配だから。あんまり遅い時は強制的に迎えに来ますから」
「……分かった」
莉央がくすっと笑った。
「綾世さんチョロすぎますよ?」
「…は?」
「もう、すぐに俺の理不尽な言い分にも分かったって頷くんですもん。無理してない、すか?」
「無理、はしてない、と思うけど…」
チョロいって!
「だって…お前が…心配、して…ってのは本当だろう?違うのか?」
綾世は莉央を伺うように見た。からかっているだけなのか?
「ああ!!!もうっ!」
莉央は椅子から立ち上がると座っている綾世に近づき、屈んで綾世を抱きしめた。
「莉、央…」
「心配で仕方ないですよ!本当にっ!無理してないか。ちゃんと食べてるか、疲れてないか。もうどこもかしこも!ですっ!ウチでご飯に手をつけるまでずっと心配ですよ。弁当もちゃんと食べてくれてるのかな、って心配してたけど…ちゃんと食べてくれてたんですね?」
「当たり前だ…!美味しい、って言っただろ?」
「うん、聞いてましたけど。…迷惑じゃない、ですか?」
いつも自信に溢れている莉央が少しだけ弱気を見せた。
声のトーンが少し小さくなっている。
「……ない。莉央のは美味しいと思って食べられる。自分で作ったのはダメだけどな」
「……よかった、です」
安堵したような莉央の声につい絆されてしまう。
綾世を抱きしめる莉央の背に手を回してとんとんと叩いた。
仄かに莉央からタバコの匂いがする。
この腕の中で朝も目が覚めたんだ。
幸せ、ってあんな感じか?
今まで味わった事のない温かいと思えた感触だった。
「綾世さん」
莉央が綾世の顎に手を添えた。
キス、だ。
もう何度した?いや、された?
「ぁ……」
莉央の舌が綾世の歯列を割って忍び込んでくる。
「んぅ……」
「ダメです……声…我慢できなくなっちゃいます…」
そう言いながらまた重ねてくる。
そんな事言われたって…。
「ふ………」
「う~~~!ダメ!って……俺、2時までお客さんとこ行かないと!」
「僕だって2時に面接来る」
莉央が唇を離してぎゅっと抱きしめてきた。
「もう……」
はぁと莉央が大きくため息を吐き出した。
「……綾世さん」
「うん?」
「……早く返事くださいね?」
「……待つって言ってたと思ったけど?空耳か?」
ぐっと莉央が口を引き結んだ。
あと少しだけ。
もう莉央は完全に綾世を捕らえている。でも、あと少しだけ…。
少しだけ、まだ怖い…。
テーマ : BL小説
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