帰る、と莉央に電話して店を出た。
こんな歩いてすぐの距離なのに。
裏道路を渡ればもう莉央のマンションだ。
やっぱりこれは条件がよすぎる…。
でも今となっては住まいの条件より何よりも莉央がいるかいないか、の方が大きく関わっている、と思ってしまった。
ちゃりとポケットで鍵の音がする。
実家を出てからはずっと一人暮らしだった。
すでに実家からは帰ってくるな、と言われているので本当に一人だった。
それでよかったのに。
莉央の部屋の前で鍵を使うかインターホンを鳴らすかまた迷った。
迷ってインターホンを押すとがちゃりと莉央がドアを開けてくれる。
「あのね?どうして?鍵あるでしょ?」
「……ある、けど…」
「ま、いいや。おかえりなさい」
莉央がにっこりと笑って言った言葉に綾世が固まった。
「…ただいま」
くすぐったい。ああ、朝に莉央がいってらっしゃいに反応するのと同じか?
……なんだか似たもの同士…か?
「なんか朝と反対な感じすね?」
莉央もどこか面映そうにしている。感じる事も同じなのに綾世は笑った。
「お風呂先にします?ご飯先…………」
莉央が言葉を切って考え込んでいた。
「ああ!言い直します。嫁、俺か?」
真剣な顔で言う莉央に綾世は思い切りふきだして声を立てて笑った。
「……そんな笑わなくてもいいじゃないですか…」
莉央はシャツを腕まくりして料理していたらしい。
いい匂いが部屋に漂っている。
「いい香りだ」
笑いを治めて綾世が言うと莉央がくすっと笑った。
「やっぱ俺、いい嫁?」
「そうだな、旦那さんは幸せだろうな」
くくっと綾世はまた笑いが出てくる。
「……綾世さん、笑いすぎです」
憮然として莉央が言うからまた笑ってしまう。
「ご飯でいいよ。莉央はお腹すいてるだろ?」
「ええ!」
手伝う、と綾世も一緒にキッチンに立つ。
ここは職場じゃないから。そして莉央もそれを分かっている。
いちいち言わなくても気持ちが分かるのに居心地がよすぎる。
「あ、今日の注文の食品の分は明日持っていけますけど?」
「うん。そうしてくれ」
「分かりました。で、バイトはどうでした?」
「ん……今日の二人は決めたけど、一人は微妙な感じだ。まだ返事は保留にしているけど…なにしろ期間がないから…」
「ん~~~…難しいっすね。どこもそうですけど、有能な人ばっかってこないですからね…」
「まぁ、それは分かってるけどな」
きっと店が始まったって軌道に乗るまでは問題は次々出てくるだろうと思う。
でも出来ることを少しずつクリアしていかないといつまでたっても前に進めない。
そう…だ。
前に進まないと。
綾世は隣に立つ莉央を見上げた。
自分より高い目線。
大きい手で器用に包丁を操っている。
「なんですか?俺に見惚れてたっていうなら大歓迎ですけど」
綾世の視線に莉央が気づいておどける。
「…うん。かっこいい、と思うよ」
「へっ?」
莉央が素っ頓狂な声をあげた。
「やだな、綾世さん何言ってんすか。驚いた。俺そんな事言われた事ねぇよ…」
「は?それこそ嘘だろ?」
「ふざけてしか言われないですよ!」
それ、絶対ふざけてじゃないと思うけど。きっと男からしたら全部が完璧に見えて言わないだろうし、女の子からしたら彼女いるんだろうと思って言わないのだろう。
「全然もてないし!ま、別にそれはいいけど。綾世さん慰めてくださいよ?」
「……彼女とは、なんで?」
聞いてもいいのだろうか…?
「え~…………俺、家事完璧なんです」
「うん。そうだな」
「彼女はズボラでした」
そりゃまた…。
「俺は別に気にしないんです。だって俺がすりゃいいしと思ってたし。でもそれも嫌だったみたいで、訳わかんね、すけど」
「……難しい…」
「そう。理解出来ないです。出来るほうがすればいい、でしょ?でも…それでさよならって、俺も全然追いかける気もなかったから、そんだけだったのかなぁ…?」
じっと莉央が綾世を見た。
「そういや、心配、なんて…一つもしなかった、ような…?????」
莉央が頭を傾げている。
「……………それだけ、か?」
「それだけ、っす。ただホントにここに一緒に住もうか?と言おうとは思ってたんですよ?…でも言えなかった、んですよね…」
「は?」
「……ここに俺が住まい移してきても、ずっと言えなくて…俺も嫌だったんですかね?」
「………僕が知るか」
「そっすよね。でも綾世さんには1週間もしないうちに言ってるのに…」
莉央がしきりに頭を傾げていた。
どんな深刻な、と思ったらそうでもなかったらしい。
……深刻そうだったのは芝居か!?
テーマ : 自作BL小説
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