「綾世さん…」
莉央の腕がずっと綾世の身体を抱きしめている。
もうダメだなんていう自分の言葉が嘘なのは分かっている事だ。
肌が触れている部分から莉央の体温が伝わってくれば離したくないと思ってしまうんだから。
温かい…。
この腕にしがみ付いてもいいのだろうか…?
ずっと莉央の手が労るように綾世背を撫でている。
これが心地よくてとろりと綾世の意識はまどろんでくる。
「いいですよ。寝て。おやすみなさい…」
莉央がくすっと笑って綾世の瞼にキスを落とす。
…甘い。甘すぎる…。
こんなの知らないから…。
「莉、央…」
自分の話をしようかとも思ったけれど、したら絶対長くなる。
それにもう意識が沈み込みそうだ…。
「莉央も…寝る…?」
「ええ。もう寝ますよ?…綾世さん、おやすみなさい。ゆっくり寝ていいですから…」
「…おやすみ」
挨拶がこそばゆい。
いってらっしゃいも、ただいま、もどれもずっとなかった事だ。
莉央の胸に顔を埋めながら綾世は目を閉じた。
こんな幸せ感味わった事がない。
アイツの事は好きだと思っていたけど…。
なんか全然違う。
どうしてだろう…?
「綾世さん、俺、もう行く時間なんですけど…」
そっと身体に手をかけられて小さく囁かれた言葉にはっと綾世は目を開けた。
「…え?」
「おはようございます」
莉央の笑みを浮べた顔が眼前にあった。
すでに朝になっていて、しかもぐっすりと暢気に爆睡していたらしい。
「…もう?」
莉央を見ればすっかり着替えも終わっている。
「よく眠られてるみたいですね?」
莉央が軽くキスしながら笑った。
「ん……っていうかもっと前に起こせっ…」
もぞ、と布団に包まったまま綾世が言えば莉央はくすっと笑う。
起きられない綾世が悪いのに…。
「だって幸せそうに寝てるんですもん。起こすのもったいないなぁ、と思って。今だって起こさないかな~と思ったんだけど、やっぱ、いってらっしゃいが欲しいな~と思って起こしちゃいました」
莉央が綾世に何回も軽くキスを繰り返す。
「身体、大丈夫すか?」
「……大丈夫…」
「今日もお昼位に行きますね。食品も持って行きます」
「…分かった」
莉央が綾世の頬を撫ぜる。
その態度も目も全部が甘く思える。
「お昼食わせてくださいね。じゃ行ってきます」
軽く合わせるキス。
「ん…いってらっしゃい」
「………行きたくね~」
キスしてそう呟いて、それでも仕方ねぇなぁ…とかぶつぶついいながらじゃあ、行ってきますと莉央は部屋を出て行った。
莉央の気配がなくなってからしばらくたって綾世はもぞもぞと起き出す。
着替え、とベッドの周りを見渡せばちゃんと枕横に置かれててそれを着込む。
ダイニングに行けばやっぱりテーブルにはご飯と弁当が用意されていて、一緒の時間に寝てるのに莉央の方がずっと早起きでしてくれているんだと思えば申し訳なくなってくる。
そう思えばこそ余計に残すことなんて出来ない。
そしてその味はいつも優しくて美味しい。
「美味い…」
でも伝える人はもうここにいない。
いないのが心寂しい。
その日もお昼位に莉央が現れて一緒に昼を食べた。
「夜は僕が作っておくから」
「え~!いいっすよ。だって綾世さん自分が作るとほとんど食べないじゃないですか。食べるならいいけど……」
「……食べるようにする、から…」
本当ですかぁ?と訝しげに莉央が見る。
「俺は嬉しいけど」
「僕も…莉央が食べるトコ見ているのは好きだ」
綾世がくすりと笑うと莉央がにっこりと営業スマイルだ。
「最後だけもう一回」
ん?と綾世が首を傾げた。
ああ、好きだ、のとこか…と思い当たって綾世はくっと笑った。
「綾世さんずりぃよ…。もう言ってもよくない?」
「まだ昨日今日だろう?」
「………いいけどね。幸せそうなの見えるし」
かぁっと綾世は顔が熱くなる。確かにそうだけど!
でもちゃんと言うのは話をしてからだ。自分の中でけりをつけたい。
でもそれを莉央に告げる事がけりになるのか?
別に莉央は聞かされたくないかも…。
「……話してくれるんですか?」
「え?」
「言ったでしょ?俺の知ってる綾世さんは先週の分から。でもだからってその前の綾世さんを知りたくない、って言ってるんじゃないです。出来る事なら全部知りたい。全部…。そしてその憂いた顔をする綾世さんを取り除いてやりたい、と思ってますよ?」
あ……。
莉央は全部分かっている、のか…?
「知りませんよ!でも前の人が一緒に眠った事がないってので普通じゃないのは分かります」
「……うん…」
綾世は顔を俯けた。
「ああ!もう!そんな顔しないでください。イラッとします。あなたにそんな顔させる人が許せなくてね」
莉央の言葉が、行為が、一つずつ綾世の心を溶かしていく。
もう綾世の中の氷は大分なくなってきていた…。
テーマ : BL小説
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