「お前の方こそ…パートの人とか、バイトの女の子に…」
忙しすぎた綾世だったけれど、ランチの時間終わる頃にはさすがに余裕も出てきてお客さんの反応が気になってホールを気にしていたのだが、パートさんやバイトの子に平山さん、とかなり呼ばれているのに少しばかりやきもきした。
「え?……それ、やきもち!?」
綾世は黙った。
「……別に」
ふいと莉央から顔を背ける。
厨房のテーブルがこの店でいつも莉央とのいる場所だ。
莉央は洗い物を終えると綾世の傍に近づいてくる。
だって莉央は男が好きなんじゃない。いつ愛想つかされたっておかしくないのだ。
「心配しすぎです。言ってはなんですが、全然誰も可愛いなぁなんて思いませんでしたよ?あ、あの男の子、杉浦君だっけ?あの子は綺麗だなと思うけど男の子だし。一番可愛いの綾世さんですもん」
「…それはないだろ」
「俺がそう思うんだからいいんです。でも…気にしてもらえるの…マジで嬉しいな…」
座っている綾世の後ろから莉央が抱きついてきた。その莉央の顔がだらしない。
「集計は?」
「もう終わる」
「……お客さん、いっぱい入ったし、反応もよかったし、よかったですね!」
「…………ああ、…ありがとう」
「明日は土曜ですね!俺手伝いますから!…しかし、自分の店か…すごいなぁ…尊敬しちゃいますよ。俺なんて使われる身だから。まぁ、そのおかげで綾世さんとも知り合えたしこうしていられるからいいですけど。さ、終わったら早く帰りましょ?明日使う分のソースのベースとかは間に合うんですか?」
「大丈夫だ」
綾世がこくりと頷くと莉央が軽くキスした。
「頑張りましたね」
「…ありがとう」
綾世は莉央に体重を預けた。甘えられる事が嬉しい。
「本当に…ありがとう……」
莉央が子供をあやすように背中を撫でてくれた。
土曜もまだ人はいっぱい入っててんてこ舞い。
莉央はまたも大活躍だ。
夜はやはり金曜よりは入らなくてかえってほっとしてしまう。それでも綾世が予想したよりはずっと入った。
嬉しい悲鳴ではある。昨日来た人から聞いて来たというお客さんまでいてありがたい。
そして莉央の言ったように料理が出てくると感嘆の声が聞こえてくるのに綾世は嬉しくなる。
ああ、よかった、と綾世の顔が緩めば莉央もそれを見て顔を綻ばせていた。
全部に充実感がある。
店もプライヴェートも。
ランチのパートの人も夜のバイトの子達もいい子達でよく働いてくれた。
うまく回っている時は全部がいいのだろうか?
何をとっても満足だった。
これ以上ない位。
しかしあまりにもうまくいき過ぎて綾世はどうしても不安を覚えてしまう。
「今までが綾世さんは我慢しすぎだったんですからいいんですよ」
莉央とマンションに帰ってきてからそれを言ったら莉央は苦笑しながらそう言った。
夜ご飯はランチが終わってから莉央が一度帰って下ごしらえし、店を終えてから帰って一緒に用意した。
それを食べながらの会話だった。
「そう、だろうか…?怖い、な…」
「ふふ…幸せ、と思ってくれてるんですね?」
「あ、たり、…まえだ…」
思わず綾世はかっと顔が火照ってしまう。
「俺も幸せですよ?」
「………僕ばっかり莉央にいっぱいもらっている気がする。僕は何も莉央に返すものがない…」
「何言ってんですか」
莉央が呆れた様な顔をした。
「いてくれるのが嬉しいです。こうして一緒にいられて笑えて話が出来て。それで俺は満足ですよ?綾世さんはそんな可愛いことばっかり言うし」
ぷっと莉央が笑った。
「……笑うな」
綾世が思わずむっとすると莉央はますます笑う。
「だって!」
「もういい。僕が洗っておくから莉央は風呂!」
「…綾世さん一緒に行きますか?」
「どこに?」
「風呂」
「行くわけないだろ!なに、言ってるっ!」
「もう!綾世さん28じゃないでしょ。ホント…」
「馬鹿言ってないで行け」
綾世が風呂場を指差すと莉央が笑いながら姿を消したのにほっとする。
「あ、綾世さん!」
消えたと思ったたらまた莉央が風呂場のドアから顔を出した。
「明日休みだし!今日はいいよね?」
「…何が?」
「えっち」
綾世はテーブルにあった布巾を莉央に思わず投げると莉央は笑いながらドアを閉めた。
そんなのいちいち聞くモンじゃないだろ!
……いや、普通は聞くものなのか?
普通が分からない綾世はちょっと悩んでしまった。
テーマ : 自作BL小説
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