店は順調だった。
開店時の異様な、外に長蛇の列のような混み具合はなくなった。
それでもランチの時はいくらか並んでしまう。
店は狭いし、料理の飾りつけなどはパートバイトにも頼んでやってもらうけれど基本作るのは綾世だけなのだから仕方ないけれど、それでも待ってくれる人は減らなかった。
リピーターも順調。
莉央はランチが終わった時間か夜帰る前に注文した物を持って店に寄っていく。
生活のリズムも慣れてきた。
相変わらず朝は綾世は起きられなくて、いつもベッドから莉央に言ういってらっしゃいをどうにかしたいと思っているけれど、やっぱりそのまま。
莉央は朝ごはんに綾世の弁当に夜ご飯とすっかり綾世が甘えきっているのが申し訳なくて、日曜だけは全部綾世が用意するようにしていた。
お昼の時間を一緒に過ごせなくなったので莉央のお昼の弁当のおかずだけは綾世が店で時間が出来た時に作っておいて、莉央は自分の分のご飯を朝詰めていく。
それだけが毎日綾世が莉央にしてやれる事だった。
莉央はそれだけでも十分だというけれど。
綾世は自分の中でそれだけでは許せないような気がしてならない。
何度も言うけれどいつも莉央が笑って跳ね除ける。
莉央が笑ってくれるから綾世は安心出来た。
安心出来るけど莉央はあんまり綾世を求めなくなった、と思う。
土曜の夜はしてくれるけど…。
前はちょっと強引と言っていい位だったのに…。
それは毎日綾世が店があるからで、立ち仕事だと思うからだろうけれど…。
この日も寝ましょう、とベッドに入って莉央はそのまま寝ようとする。
明日も店はある。
ずっと立ちっぱなしで身体が重く感じる事になるのは分かってる。
でも…。
寂しい…。
こんなに貰っていても寂しいなんて、なんて自分は貪欲なんだ、と思う。
莉央だって仕事で飛び回っているのは知っている。
疲れているのに…。
でも…。
ベッドに入って莉央の腕は優しく綾世を包んでくれる。その莉央の胸のあたりをぎゅっと掴んだ。
「り、お…う…」
「ん?なんです?」
言ってもいいのだろうか?自分から望んでもいいのだろうか?
「して、ほし…い…」
小さく聞こえるか聞こえないか位の声で決死の思いで言ってみる。
自分から求めるなんて考えられない。
けれど、莉央を感じたかった。
「あ、…綾、世さん…?」
莉央が焦った声を出した。
「莉央が…嫌なら…いい、けど……」
恥ずかしい。自分から、なんて。なんて欲深だ。
さらに、さらにと莉央を求めてしまっている。
怖い。
何言ってんですか、なんて言われたらどうすればいい?
「綾世さんっ」
莉央がぎゅっと綾世を抱きしめる腕に力を入れた。
「無理してないですか!?」
無理?何が?
して欲しいだけ、なのにやっぱり、いらない、のだろうか?
「……いい。…聞かなかった事に…」
思わず自分で防衛線を引いてしまう。
勇気出してやっと言った、のに。
泣きたくなってくる。
まったくなんて自分は弱くなったんだ。
莉央に嫌われるのが怖い。
こんな事、自分から言ってしまう位に欲しいと思ってるのに…。
「あ、綾世さん…」
泣きたくなる気持ちを必死に抑えた。
「無理して欲しくないです」
「……無理ってなんだ?誰が…?僕が…?」
「あ、綾世さん?」
「莉央がしたくないならいいっ!」
ふいっと綾世が莉央に背を向けて身体を丸めた。
「綾世さん…」
莉央が背中からすっぽりと綾世を抱きしめてきた。
温かい。
人がこんな温かいのだって知らなかったのに。
それなのにもっと、と求めてしまう方が悪いんだ。
「…綾世さんも欲しいって思ってくれてたんですか…?言ってください。俺…綾世さん次の日ひどいと思って…」
「ひどいよ!そんなの決まってる…でも…莉央が…ほし……ダメ、なの…か?」
ほろりと涙が零れる。バカモノ、我慢しろ。
いちいちこんな事で泣くなんて馬鹿だろ。
でも莉央にいらないと思われているように思えてしまう。
「ダメなんてあるわけないでしょう!俺、やせ我慢ですよ。…綾世さん、すっげぇ大事なんです。綾世さんが店ですごく充実してるのが分かります。それ邪魔しちゃいけないと思って」
「邪魔…?莉央……が足りない…のに」
「綾世さん」
莉央ががばっと綾世の身体の向きを変えて貪るようにキスしてきた。
「言ってください。いくらでも…。綾世さんさえよければ俺いつだって…もう…そんな事言われたら我慢できないです」
「我慢、してほしくない…。僕だって、莉央が欲しい…のに」
「綾世さんっ」
綾世は莉央の首に腕を回してしがみついた。
テーマ : BL小説
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