「なんですか?」
マンションに帰る前に注文の物を持ってきた莉央をじっと見てるとそれに気づいた莉央が綾世を見た。
今日はお客さんはそれほど予約も入っていなくて時間に余裕があって色々と頭の中がぐるぐるしていた。
こういう時ほど何も考えなくてもいい位忙しければいいのに…。
うまくいかない。
じっと見つめる綾世に莉央が首を傾げた。
「…なんでもない」
「なんでもない、じゃないですよ。ちょっと今日の川嶋さんは上の空です」
バイトの子が洗い物をしながら言ってきた。
「そんな事ない」
「いいえ。量間違ったりとか、作る順番間違ったりとか。いつもはそんな事しませんから」
バイトくんはちゃんと見ているらしい。
「え!綾世さんが…?それは……疲れてますか?」
「いや。大丈夫だ」
あの女のせいだ、とは莉央には言えない。
「え~?大丈夫ですか…?俺、店閉めるの手伝いますか?」
「大丈夫だ」
本当に?と莉央は料理を作っている綾世の顔を覗き込んでくる。
「本当に大丈夫だ。莉央、帰ってていいから!」
「…本当に?」
「本当だ。疲れてるんでもないから。今日はたまたま気が抜けただけだ」
「なら、いいですけど…」
莉央は気にしながらも帰っていく。
それを洗い物をしながらバイトくんが笑っていた。
「仲いいですね」
「…そう?杉浦君もルームシェアしてるんだっけ?」
「そうです。高校からずっと一緒の奴だからあんまり気を遣わないし。俺の目の事もよく分かってるから…」
綺麗な顔をしているのにあまり目が見えないという。それがどういう状態か綾世にはよく分からないけれど。
「杉浦くんは専門学校だろ?連日のようにバイト入ってるけどいいのかい?僕はかなり助かるけど」
「いいです。目、急に見えなくなる時もあってそのうち迷惑かけると思うので」
うん、この子はいい子だ。
「無理はしなくていいから。夜の洗い物はいくらか溜めててもいいしね。僕が出来るだろうし、そういう時は莉央も手伝ってくれるだろうから…」
バイト、パートも気の利く人ばかりで綾世はかなり助かっているとも思う。
自分の好きな道に戻ってこられてよかったと綾世は心底思う。
店を閉め、バイトを帰し、レジを締めて綾世も莉央のマンションに帰る。
すぐ裏がマンション。
帰れば電気の点いた部屋で莉央が待っている。
それを思うだけで顔は自然に緩んでしまう。
「ただいま」
今はもうインターホンは鳴らさないで鍵を使って入る。
「おかえりなさい!今日は早かったすね?」
「ああ。早くに客も捌けたから」
莉央がキッチンから出てきて軽くキスしてくる。これももういつもで恥ずかしいが誰も見ているわけでもないからいい…。
「綾世さん、先風呂行ったら?」
「え?別にいいけど…」
「だってほらほんとは疲れてたんでしょ?…昨日イタしたから…?」
莉央がそっと聞いてきたのに瞬時に綾世の顔が赤くなってしまう。
「違うから!…そうじゃない」
莉央の元カノ?が来たからという言葉は飲み込む。
「莉央、本当に疲れてたんじゃないんだ。多分慣れてきたのと、順調で気が抜けたんだと思う」
「…そうですか?まぁ、リズムも大分つかめてきましたよね?」
「ああ。レジ締めるのも早くなったし」
くす、と綾世が笑えば莉央も笑った。
「それならいいです。じゃ、ご飯?」
「…莉央腹減ってるだろう?先食ってていいのに」
「せっかく綾世さんといるんだから一人はヤですよ」
「……うん…ありがとう」
「何言ってるんですか!礼言うのこっちですから。一人で味気ないのが今は全然ないですもん」
座って、と莉央が椅子を勧めるので綾世が座る。
彼女の事を聞きたいけれど、聞かなくてもいいとも思う。
莉央と一緒にいれば今目の前にいる莉央を信じられる。
「バイトの子達もいい子ですね!よく働くし」
「そうなんだ…。莉央が開店最初の日に効率よく動いてたの見て勉強になったらしい。頭いい子ばっかりだったから飲み込むのも早いし」
「俺レストランでバイトしてたこともあったからね」
「そうなのか?」
「そうなんです。俺、色々バイトしてるからわりとなんでも出来るんですよ!器用貧乏で一つを極められないんですけどねぇ」
「いやそれでも色々知ってる事はいいだろう。僕なんて本当に何も知らないから」
「うん。綾世さんピュアですもん」
「…ピュアってなんだよ!」
「ピュアって純粋」
「意味は知ってるっ!じゃなくて!」
莉央がくすくす笑ってる。
「可愛いな~って」
「…ほら、僕が茶碗は洗っておくから風呂行って!」
「一緒行きましょ?」
「馬鹿言ってないで行け!」
莉央が笑っている。そうすれば綾世だってつい顔は綻んでしまう。
テーマ : 自作BL小説
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