なんだかなぁ、と綾世は胃が痛くなってきそうだ。
莉央の元カノがたまに店に姿を現す。
ランチを食べていく時もあってちょっとハラハラしてしまう。
もし何かイチャモンつけられたら…と思っていたけど、とりあえずそれはなかったのでほっとはしたけど、それでも落ち着かない。
しかも来るのは莉央が来ない時だ。
客として来るんだから来るな、とも言えないし、どうにも綾世は精神的によろしくないと思う。
一体どういうつもりなのだろうか…?
ランチで来る時は綾世は厨房から出られないし顔も見ないからいいけれど。
こうなるなら先に莉央に言っておくべきだったか、と悩んでしまう。
なんとなく今更莉央に言うのも気が引けて、鬱屈とした思いが溜まっていってる。
「綾世さん?やっぱりどうかしたんですか?」
「え?」
はっとした。
マンションに帰ってきて莉央が向かいに座っていたのにぼうっとしていた。
「あ、いや何でもない」
「……でもないでしょう?ここの所ずっとですよ?」
綾世は首を振った。
「慣れてきて疲れてるのかも…」
はぁ、と莉央が溜息を吐き出した。
「…俺に言えない……んですね」
莉央は綾世のごまかしに気付いていた。
「あ、土曜日のお昼は俺、ちょっと人と会う約束あるので。すみませんけどお昼は抜けますね」
誰と会う…?
聞けない…。
「……分かった。……別に莉央はウチで働いてるんでもないんだから店にわざわざ来なくてもいいのに…」
綾世がそう言うと莉央は傷ついたような苦笑を浮べた。
「……そうですけどね…。俺は綾世さんといたいから、と思ってるけど…綾世さんはそれほどでもない、ですもんね…」
違う。そうじゃない。
莉央が毎日仕事で疲れているだろうに、と思うから…。
でも莉央の複雑な顔を見て綾世は何も言えなくなって俯いてしまう。
誰かと会う。
もしかして彼女と会うのだろうか…?
綾世の心の中にさらにぐるぐると醜い感情が浮かんでくる。
汚い…。
こんな苦しい思いは知らない…。
彼女と会うというならば本当は行くな、と言いたい。
彼女が自分の所に来るのはお門違いだろうけど、かえって莉央に会ってはないのだと安心した部分もあった。
それが、もし莉央と会って…?
やっぱり彼女の方が…ってなったら…?
だって莉央の話では莉央は別に嫌いで別れたわけではないんだから。
彼女の方からという話だった。その彼女は別れたつもりはなかったらしいし。
そうしたらどうしたって邪魔者は綾世に決まってる。
…何も言えない。
アパートを探した方がいいのだろうか?
今は綾世は莉央のマンションと店以外に行くあてはないのだ。
莉央が休みの土曜日に綾世の店にいるのを楽しみにしていた。
普段いないのにそこかしこに莉央の存在があるのが嬉しいと思っていた。わざわざただ働きに来るのに申し訳ないと思いながらも莉央の存在一つで綾世の心情がこんなに大きく違っているなんて莉央は知らない。
…言った事もなかったから知らないだろう。
言えばよかったんだ。
でも、今それを言ってもきっと信じてもらえないだろう。
綾世は唇をきゅっと噛んだ。
綾世はもう莉央以外の誰かなんて考えられなくなっていたけれど、莉央の心は分からない。
どうしたって男である自分が大きく出るなんて事など出来るはずなかった。
虹が莉央と引き会わせてくれたのではなかったのか…?
虹はただ現れるだけで何かを話してくれるわけじゃない。
やっぱり勝手に綾世が思い込んでいただけか。
莉央も何度も虹を口にするのに勝手にいいように解釈してしまっていたのか?
自嘲の笑みが漏れてしまう。
「片付けも俺がしときますから。綾世さんは休んで」
「いや…」
「……疲れているんでしょう?無理しなくていいです。俺は別に疲れてませんから」
莉央が営業スマイルを見せた。
あ……。
綾世は泣きたくなってくる。
ずっと莉央は綾世に対して営業スマイルなんか見せてなかったのに。
出させたのは自分だ。
「……ごめん」
「何がです?別に綾世さんは謝るような事してないのに。さ、いいですから、さっさと風呂入って休んでください」
莉央が綾世を立たせると風呂場に押し込んできた。
「ちゃんと温まってゆっくりして」
莉央はそう言ってドアを閉めていなくなった。
なんとなくぎくしゃくする。
自分はいったい何をしているんだろう。
全部莉央に甘えすぎている。
これじゃ、あの彼女に何も言う事なんて出来ないじゃないか。
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