「綾世さん…大丈夫ですか~?」
「………多分」
身体がだるい。
朝起きて莉央が心配そうに綾世を見ていたけれど、その表情は嬉しそうだった。
ずっと疲れていると言ってた綾世のせいで莉央は我慢してたらしいのが箍が外れて1回ですまなくて…身体が重い。
でもそんなのは嬉しい事であって莉央がそれ位自分を欲しいと思ってくれているならば綾世は文句などあるはずもない。
「いいんだ…」
綾世の顔も思わず緩んでしまえば莉央が抱きついてきた。
「よかった…俺、綾世さんに嫌われたのかと…」
「そんな事あるはずない」
「……そうなんです、か?」
莉央にも不安があったのか…。
綾世は抱きついてきた莉央のいつもよりふわふわの髪を撫でた。
なんだ、不安なのは自分だけじゃないのか…。
それにほっとした。
「ん~~~……失敗したな…。今日行きたくねぇな…。でも…」
はぁ、と莉央が嫌そうに溜息を吐き出した。
「…なるべく早く切り上げてくるようにします。あとは綾世さんの助手しますから」
「いいよ。大丈夫だ」
「いえ、責任とらないと、ね?」
「………」
責任、はいいけど、その前の莉央の言葉『行きたくない』に綾世が反応した。
莉央は行きたくない、のか…?
伺う様に莉央を見ると苦笑を漏らしていた。
「…早く終わらせてお店に行きますね」
「ん…」
「じゃ、起きましょうか?」
莉央が起きあがると綾世の手を引っ張ってベッドから起き上がった。
莉央のたった一言で綾世の気持ちは浮上してしまう。
「莉央」
自分で単純だと思いながらもつい莉央に甘えたくなって莉央の背中に頭をつけた。
「…綾世さん、背中じゃなくてこっち」
莉央が身体の向きを変えて綾世を正面から抱きしめた。
それだけで今までの鬱屈とした気持ちが消えていく。
「…ホント…嫌われてんじゃなくてよかった…」
「莉央を嫌いになんかならない」
もっともっと前よりもずっと離れがたくなってるのに。
「僕はないけど…莉央が僕を…ならあるかも、な…」
小さく莉央にも聞こえないように綾世は呟いた。
自分はこんなに小さい。本当は今日だって行って欲しくないんだ。
あの女が、…と言ってしまいたい。
でも自分を取り繕ってるんだ。
ぎゅっと莉央の背に腕を回して掴んだ。
「綾世さん、どうしたんです?」
「いや、どうもしない。時間がなくなるから」
「あ!そうすね!」
綾世がついと莉央から離れると莉央もばたばたと動き出した。
お昼過ぎ、莉央は出かけていった。
帰ってきたら一緒にお昼食べましょうね、と言って。
綾世は莉央が気がかりて仕方ないけれど、ランチの時間でお客さんが次々と入ってくる。
…ありがたいことだけれど。
いや。考えごとしている暇もないからかえっていいのか。
何を話してくるんだろうか?
よりを戻そうとでも言われるんだろうか?
そうしたら莉央は…?
昨日は気持ちを確かめ合ったはず。
それなのにちょっと離れただけで、莉央の姿がないだけでこんなにも綾世に不安が襲ってくる。
自分は弱くなってしまった。
元々そんなに強いと思った事もなかったが、アイツの時はこんな気持ちにはならなかったのに。
甘える事もなかった。自分から求める事だって。
ずっと後ろめたかった。ただそれだけだった。
アイツにはちゃんと彼女がいた。それが綾世に歯止めをかけていたのか?
それでも自分はアイツの事が好きだと思っていたけれど、今と全然思いが違う。
アイツからは逃げ出したかった。
でも莉央から逃げ出したいとは思わない。
莉央が綾世を求めてくれるならば喜んで莉央に身を任せてしまうだろう。
莉央からいらないと言われない限り自分から莉央の傍を離れるなんて考えられない。
それならもう何を考えても仕方ないだろう。
料理の合間に綾世は厨房に隠して置いていた賃貸情報誌を捨てた。
莉央から話を切り出されるまで考えない事にしよう…。
ランチの時間が終わって、片付けも全部終えるとパートとバイトを帰してほっと一息つける時間だ。
携帯を見てみようかと思った所にちょうどメールが入った。
莉央からだ。
どきどきと心臓が嫌な音を立てて、半分見たくないような気がしたが開けてみる。
<あと少しで着きます>
ほうっと綾世は安堵の溜息を吐き出した。
よかった…。帰ってくるんだ。
帰れなくなったとか遅くなるとか書かれているんじゃないかと思ったけれど違った。
綾世は思わず携帯を握り締めた。
そして息を整えてから、<ランチも終わってる。気をつけて>と綾世は笑みが浮かんだ顔でメールを返した。
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