莉央が帰ってくるというので久しぶりに莉央用にピザを焼いた。
お昼はずっと弁当だったし莉央はピザの生地がいたく気に入っていて食いたいな、と言ってたのを思い出したから。
莉央においしい、と言ってもらえるのが嬉しい。
「綾世さん!ただいま」
丁度焼きあがる頃搬入口から莉央が姿を見せた。
「丁度いい。焼きたてだ」
「マジで!?」
莉央がばたばたと入ってきて鼻を鳴らす。
「いい匂い!でもその前に…綾世さん」
莉央が綾世に近づいてきて綾世をぎゅっと抱きしめた。
「莉央…?」
「…ちょっとこのままで」
何かあったのだろうか…?ちょっとばかり不安がよぎる。
「…今日帰ったらちゃんと話します。綾世さん」
莉央がちょんとキスした。
「好きです。綾世さんだけですよ?」
……やっぱり何か、話ししたんだろうか?
「僕も…好き、だ…」
綾世を安心させるかのように言われた言葉に小さく綾世も返す。
「うん。………さ、食べましょ!せっかくの焼きたてですから!綾世さんもちゃんと食べて下さいよ?」
「……莉央といるようになってからは食べすぎだと思うんだけどな」
「食べすぎ~!?全然ですよ!だから細いんです。…あ、でもいくらか健康的になってきたかな?顔色とかも随分良くなったし。前は病気がちみたいな顔してましたもん」
「………そこまでひどくはないだろう」
「いいえ!ひどかったですよ?でもそれなのに手を出しちゃう俺ってかなりダメですね……」
う~ん…と莉央が唸るのに綾世はくすと笑ってしまった。
「いいんだ…。僕には全部が足りないことだらけだったから」
そう、全部だ。莉央がいないと生活も不規則で精神的にも不安定だった。それが莉央がいてくれて笑ってくれていれば全然それがないのだから…。
ピザをオーブンから出してピザカッターで切り分けていく。
莉央がこうして傍にいてくれるだけでほっとして綾世の顔の表情は明るくなる。
「美味い~!久しぶりに食べた!やっぱうまい!」
莉央ががつがつと平らげていくのに綾世は笑みを浮べながらさらに追加でピザを焼いた。
莉央はどこも変わっていない。
よかった。
暗い表情や、伺うような所があったらどうしようかと思っていたけれど、全然普通だ。
そう思っていたんだけど、夕方から莉央の表情が翳ってきたのに綾世は落ち着かなくなった。
客は入ってるし、バイトもいるしで莉央とプライヴェートな話しをするなんて出来なくて。
どうかしたんだろうか…?
彼女と会ってきた後でも普通だったのに時間が経つにつれて莉央は考え込んで表情が曇っている。
綾世はどくどくと心臓がずっと鳴っていた。
何か、言われるのだろうか?
それとも自分が何かしたのか?
ちらちらと莉央が気になって視線を向けるけれど今は何も聞けない。
それでも莉央は洗い物をしたり、客が立て込めばホールを手伝ってくれたりする。
…けれど、どうも綾世を見る時に顔を歪めていた。
大丈夫だ、とせっかく安心したのに違ったのか…?
こんなに莉央の一挙手一投足が気になってしまう。
表情も態度も言葉も全部が気になる。
綾世を拒絶しているようには感じないけれど、それでも綾世を見る時の表情が硬い。
どうしたらいい?
でも綾世にどうにかする事なんてお客さんが入っている今は出来ない。
とにかく時間が早く過ぎる事だけを願って忙しく動いた。
店をやっていると夜遅くまで自分の時間なんかない。
それがもどかしい。
莉央みたいに早い時間に終われるならもっと莉央ともゆっくり過ごせるのに…。
思わずそんな事まで考えてしまう。
それでも日曜を休みにしているからまだいい。
まだいいけど新しいメニューも考えなきゃないし、忙しいことに変わりはない。
自分で選んだ道だけれど、今、綾世の大事な存在は莉央だけだ。
こんなに莉央の事で動揺してしまうけれど、それでも綾世に心の平安をくれるのは莉央だけだ。
今まで味わった事のない充足感。
それがなくなったら…?
店なんてやっていられなくなるだろう。
アイツの所から逃げてきた時でさえかなり精神的に疲弊したのに。
今の莉央に対する気持ちと比べても全然違うのに、それでもしばらく自分で立ち上がるのに時間がかかった。
莉央から離れる事になったら多分もう綾世は立ち上がる事は出来なくなるだろう。
それ位もう莉央の存在が大きすぎる。
虹が…。
あの時虹が出なければ違ったかもしれない。
虹が出たから…。
自分のせいじゃないと言い訳したくなる。
これが悪い癖だ。
虹が出たって選んだのは自分だ。苦しくても自分で選んだのだから受け入れなければ…。
店が早く終わって欲しいという気持ちと莉央の硬い表情を見れば終わって欲しくないとも思ってしまう。
話ってなんだろうか…?
テーマ : 自作BL小説
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