店の営業時間が終わってもずっと莉央は難しい顔をしているので話しかけられない。
話しかけてもどこか莉央は上の空だ。
彼女の所から帰ってきて好きだ、と確かめ合ったはずなのに…そうじゃないのか?
綾世まで顔を俯けてしまう。
「莉央…デザート余ってるから…持っていくか?それと鳥の煮込みも」
「あ、どっちも食べます!」
店を片付けながら声をかければ、そこは即答してくるのにほっとしてしまう。
その余った分の料理を持ってマンションに帰る。
移動も短い時間でしかないが、その間も莉央は無言で、頭を掻いたりしてどこか落ち着かない。
何を言われるんだろう?
やっぱり出て行って欲しい…?
いや、それはない…と信じたい。
綾世も顔を俯ける。
街灯に照らされて長い影が二つ。莉央の方が背が高いので影も長い。
離れてる影が重なるようにそっと綾世は莉央のちょっと後ろに移動する。
外で大っぴらに莉央にくっ付くことなんて出来ない。
せめて影だけでも…。
影が重なったのを見て綾世は一人顔を綻ばせた。
「綾世さん?」
少し後ろに下がった綾世に莉央が顔を向けた。
「どうかしたんですか?」
「え…?ああ……いや、なんでも…」
自分があまりにも稚拙な事で喜んでいると思って綾世は恥かしくなった。
まさかこんな事に喜んでるなんて口が裂けたって言えやしない。
「…………綾世さん」
莉央が綾世に手を差し出すと綾世の手を握った。
手を繋がれてどきりとする。
そういえば初めの頃にもこうして帰ったことがあった。
そして長い影も手を繋いでいる。
いい年してたったこれだけの事がこんなに嬉しいってどうなんだ?とも思うけれど、嬉しいんだから仕方ない。
そして莉央がそうしてくれた事に安心もした。
莉央がその綾世の顔を覗きこんでくる。
暗いし、よく見えないだろうと思ったけど、莉央の顔もくすりと綻んだ。
綾世の心情を分かったらしい。
「……ホント可愛いんだから。絶対28じゃないすよ?」
「………こんなの、初めて…なんだから…仕方ないだろ」
今更莉央に取り繕っても分かられている事だ。開き直ってしまう。
「…ああ、もう……。……綾世さん、身体平気?」
「え?」
「今日もイタしますから。明日動けない位にね」
「…え?」
「……実はちょっと俺、怒ってるんです」
怒ってる?
綾世は首を傾げた。自分は何かしてしまったのだろうか?
「それは後ご飯食べて全部やる事終わったら、ね?」
でもその口調からどうやら今は怒ってはいないらしい。
何にだろうか?
莉央の顔を見上げたら、でも莉央に怒ったところは見えず、むしろ穏やかな笑みを浮かべてる。
今は夕方までの難しい顔もしていない。
何だったのだろうか…?
ご飯を済ませて風呂も入ってあとは寝るだけだけど、どうしても身構えてしまう。
莉央の様子を見ていればずっと顔は笑みを作っているし大丈夫だとは思うけれど。
「綾世さん、さ、話しましょうか?」
にっこり笑った莉央の顔。そして手には雑誌を持ってた。
「………莉、央…そ、れ……」
見た事ある雑誌。綾世が店で捨てたはずの物。
「うん。店で捨ててあった。コレ、綾世さんでしょ?」
そう言ってぽいと莉央がゴミ箱に投げ捨てた。
「あっちでゆっくり話しましょ?」
莉央は綾世が言い逃れできないように持って来てたのだろう。たらたらと冷や汗が流れた。
あの時の心情ではそれも考えたけど、今では考えられない、のに。
「莉央、違う…」
「うん。分かってます。綾世さん、来て」
莉央は綾世の手を引っ張って寝室に向かった。
莉央が綾世をベッドに座らせて莉央も並んで座る。
何て言ったらいいのか…?
きっとどれも言い訳みたいに聞こえてしまうかもしれない。
でも莉央は分かってる、って言った。
分かってる…?
何をだろう…?
「まず、綾世さん。真紀と会いましたね?」
「真紀?………って…莉央の…彼女…?」
「もう彼女じゃないです」
きっぱりと莉央が言い切るのにこくりと綾世は唾を飲み込んだ。
「会いました、ね?」
莉央がじっと綾世を見つめていた。
「……会った…」
「何で言わないんですか!?」
「…言おう、かとも思ったけど……」
やっぱり、と言いながらはぁ、と莉央が大きくため息を吐き出した。
そしてちろりと綾世を見た。
「もしかして…1度じゃない…?」
「ええと……何度、か…」
「マジですか!?」
そしてまたため息。
「…もしかして、今日も会うって知ってた…?」
いたたまれない雰囲気だが綾世は小さく頷いた。
そして莉央は頭を抱えてまた大きくため息を吐き出した。
テーマ : BL小説
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