「綾世さん、先にそれ知ってたら俺今日わざわざ会いになんて行きませんでしたからね」
莉央が綾世を呆れたように見た。
「…なんて言われましたか?」
「…ええと…早く出て行って…?」
「それで賃貸情報ですか?……綾世さんは全然俺の事なんかそれ位なんだ?」
「違うっ!…だって莉央は僕と違って元から男がってわけじゃないし…彼女は別れたつもりはないって言ってるし…だからそれなら、と思って…」
「ですから、それだけでしか…」
「でもっ!ダメなんだ…莉央じゃないと……」
「だから捨てた?」
小さく綾世が頷くと莉央が綾世の肩を抱きしめた。
「ずっと綾世さんの様子がおかしかったのは真紀のせいですね」
チッと莉央が舌打ちする。
「お前…舌打ちって…」
「舌打ちも出ますよ。俺どんだけ見えてなかったんですかね?付き合ってた時もアレ?って思うことがまぁ、ありましたけど。今日だって脅してきたんで仕方なく会ったんですからね」
「…脅す?」
「ええ!会ってくれないならあの人の店である事ない事ぶちまけるって」
綾世が感じた趣味悪い、は合ってたのか?
「そんな勇気もないでしょうけど。綾世さんにっていうのが引っかかって。だって綾世さんはいい気はしないでしょう。だからきっぱりと、と思って会ってきましたけど。というか、向こうから別れましょう、自分は俺と無理だ、合わないって言ってきたのにコレですよ?どんだけですか」
そんな事言われても、と綾世は困ってしまう。
「綾世さんと一緒にいるようになって初めてよく言う価値観の相違ってのがよく分かるようになりました。それに綾世さんには帰したくなくてわざわざ自分からビールまでぶっ掛けて引き止めて、って自分がしたこと思い出してよく綾世さんに嫌われなかったなぁ、とか…色々考えてましたよ」
ああ、始めはそうだった、と綾世はくすっと笑った。
でもそんな事は些細な事だ。
だって始めから莉央は綾世にとっては特別だった。
「虹が……」
綾世がぽつりと呟くと莉央が綾世の顔を覗き込んだ。
「虹?」
「虹…一番初めに会った時、見ただろう?」
「ええ!くっきりはっきりの綺麗な虹でしたよね!あんな綺麗なの大人になってから初めて見たかも」
莉央の言葉に笑みが漏れる。そしてそっと身体を莉央に凭れた。
「僕にとって虹は特別なんだ。…いや、僕が勝手にそう思っているだけなんだけど…」
「特別…?」
莉央が綾世の肩を抱き寄せる手にぐっと力をこめた。
「高校を終わったら地元を離れると決めたのも虹を見てだ。その後も専門は出たものの何をしたらいいんだろうって自分を見失って…。あのピザの生地と出会って、自分で店をするようになったらあれを使いたいって思って…その時も虹。……僕がアイツから逃げ出したくなって迷ってた時も虹が出てた…。あっちに行けって指差してくれてるようで…それで切ってきた、んだ…」
口に出してみたらなんか幼稚な気がしてきて綾世は段々と声のトーンが低くなっていった。
話すんじゃなかった、と後悔してしまう。
「……だから、お店の名前が虹、なんですね」
莉央は笑いもしないで聞いていた。
「そう、だけど!笑っていいから!何言ってるって」
「笑うわけないでしょ。綾世さんの特別な思いでしょ。お店の名前に今までの自分が全部入ってるんでしょ?」
「そう……だ…」
莉央はやっぱり馬鹿になんかしない。そっと莉央の顔を見れば莉央が嬉しそうに笑っていた。
「嬉しいですよ。そんな綾世さんの特別な虹、一緒に見たんすもんね?」
「莉央…っ!」
綾世はがばっと莉央に飛びついた。
「う、ぉっ」
予期してなかった莉央が体勢を崩して一緒にベッドに倒れこむ。
「かっちょわり~。ここは抱きとめなきゃないすよねぇ?」
くすくすと綾世は笑った。
「いいや。いいんだ。どんなでも莉央は莉央だから。かっこよくてもかっこ悪くてもね。やっぱり莉央だから…」
「ん~~~と?それって?どんな俺でも好きって事で間違いないのかな?」
「間違いないよ。かっこ悪くたって僕にはかっこよくしか見えないから」
綾世は莉央の上に乗っかったまま莉央の頬を包み、キスをしながら言った。
「……綾世さん、別人のように積極的…すよ?」
「…ダメ、か?」
舌で莉央の唇を舐めた。
「いえ!大歓迎!!」
「んっ…」
莉央が綾世の頭を押さえてその舌を捕らえると深く絡ませてきた。
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