店が始まって1ヶ月が過ぎようとしていた。
莉央と一緒に住むようになってから一月半か?
店の客の入りは順調。
だが綾世はレジの締めに難しい顔が続いてしまう。
どうしても売り上げと合わない。
毎日ではないけれど週に一度、二度の間隔で会わない日が出る。
つり銭の受け渡しで合わないのだろうと思っていたけれど、どうしたって違うだろう。
「どうしました?」
莉央が難しい顔でレジの売り上げと睨めっこしている綾世に声をかけてきた。
店はもう閉めている。バイトの姿ももうない。そして今日は土曜日で莉央は明日が休みなので店に一緒にいた。
「うん…合わない日が多すぎる。しかも端数じゃなくて5000円とか1万とか、なんだ…」
「それって…」
莉央と綾世は顔を合わせた。
人を疑いたくはない。…けれど…。
「…ランチの時とディナーの時と一人レジ専用につける人を決めた方がいいですね」
やっぱり莉央も同じ考えか…。
はぁ、と綾世から溜息が漏れる。
「…合わない事はままあるけど」
言い訳するように綾世が言うと莉央はちろりと睨んだ。
「じゃり銭なら分かります。けどそれは額が大きいでしょう。…今まで何回位です?」
「…もう4、5回は」
「綾世さんっ!」
莉央が呆れた声を出した。
「それは立派な窃盗ですよ?」
「…………同じ人か分からない。本当に間違えたのかもしれないし」
莉央は頭を横に振った。
「同じ人でしょう。一度やって味をしめて…ですね。店をやっている以上ある事ではありますけど…」
「ああ…そうだな」
二人で顔を合わせまた溜息が漏れてしまう。
「今までのシフト表ありますか?それとあってない日教えて下さい」
莉央がシフト表と睨めっこしながら綾世が何日と日付を言っていく。
「午前で一回締めてなかったんでしたっけ?」
「締めてない」
「午前の分で一回締めたほういいですね。それはパートさんでもいいんじゃないですか?」
「……そうしよう」
綾世も頷いた。
「嫌なもんだな…」
莉央のマンションに帰ってきても何となく気分は落ち込む。
「まぁ…仕事が出来るのと、こういうのってまた魔が差すとかあるから、仕事が出来るのと関係ないですからね」
「もし誰か、って分かったら…」
「…辞めてもらうしかないでしょう」
ダイニングに座ってはぁ、と綾世は何度も溜息が出てしまう。
「…全部自分で出来ればいいのにな」
「……仕方ないです…。その人のためにだって放っとくのは良くないですから。たとえどんな理由があったとしてもしちゃいけない事です」
「…そうだな…」
「綾世さんの前の店ではどうだったんです?」
「ああ…やっぱり合わない日もあったよ。でもここまで切り良く金額が大きいのはさすがに頻繁にはなかった。…前の所は防犯カメラもあったからな…」
「…防犯カメラねぇ」
「うん…僕はそこまでしたくないけれど」
まったく…。莉央の彼女が姿を見せなくなったとほっとしたらこれだ。
やっぱり店をしていくには何かと問題は出てくるものだ。
莉央が夕方一度帰って用意してくれたご飯を食べながらの会話だ。
それでもこれが一人だったらきっと一人で抱え込んで悩むんだ。
それが莉央が話を聞いてくれてあくまで冷静に適切な事を言ってくれるのに安心する。
莉央は店の事には一切口出しなんかしない。
綾世がどうしたらいいかとか聞けば自分はこう思うけど、と言うだけでそれを押し付けたりしない。
どれだけ頼り切っているんだろうか。
「…莉央…こんな話聞かせられて…嫌じゃない、か?」
「嫌?」
莉央が食べるのに口を動かしながら不思議そうに首を傾げた。
「……ないですよ。綾世さん考えすぎです。俺は店の事に口を出す気はないですけれど、綾世さんの負担は軽くしてあげたいと思ってます。実質的なことだけじゃなくて精神的にもね。だから抱え込まないで言って下さい」
「…僕は…莉央に頼りすぎてる、と思うけど…」
「全然!今日のだって言うの遅すぎです!ずっとおかしいな、って思ってた、でしょう?」
「…まぁ…」
「俺の方が客観的に見える所が多いと思います。綾世さんは店も人を使ってるのも当事者ですから。また何かあったら言って下さい。あと今日の事も明日ゆっくり考えましょう?今日は終わり!」
「…ん」
綾世はくすりと笑った。
「ありがとう」
「……綾世さんのそういう所好きです」
「?」
「何でもない事なのにお礼言っちゃうとこ」
莉央が優しい顔で笑っていた。
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