莉央は一言も自分の誕生日が近いなんて言わなくて。
勿論会った始めの方で聞いていたから綾世は知っていたけど、あの時はまだこんな風になるなんて思ってもいなかったのに。
覚えていると思っているのか、どう思っているかなんて綾世には分からないけれど。
なんかそれはそれで面白くない気はしてくる。
莉央のプレゼントにと選んだ物は早々に届いて店の在庫分を置いている奥に隠してあった。
ディナーはどうしようか?店で?莉央のマンションで?
店で、でいいか?
そうしたらネクタイも一緒に渡せる。
日中はどうしようか?
本当は誕生日の朝におめでとうと言いたいけど…。
料理の仕込なら莉央のいる土曜だって出来るだろう。日曜はどこかに出かけようか…?
「綾世さん。日曜日ってなんか予定ありますか?」
夜ご飯を食べながら莉央が何気なく聞いて来た。
「え?……別に、ない、けど…?」
莉央から話をふってきたのに綾世はどきりとした。
「ちょっとどこか出かけませんか?」
「……いいけど…」
「夜もどこかで食べて…」
「それは嫌だ」
綾世は首を振った。
「夜までは帰ってくる」
「…そう、ですね。綾世さんが疲れるから」
莉央が心なしかしゅんとしてるのに分かってる、と言いたいけれど我慢する。
「日帰り温泉行きましょうか?本当は泊りがけで行きたいとこすけど」
「……ん。いいよ。あ、僕が出すから」
「いいですよ」
「ダメだ。ここの分だって僕の前のアパートの分しか莉央は受け取っていないし、本当はそんな値でここいらに住めるはずないのに!光熱費や食費だって!」
「だってそんなの綾世さんはあんま食べないし。アパート代の分そのまま貰ってるだけで大分楽ですよ?」
「とにかく!ダメだ。僕が出す。それをだめと言うなら毎月入れる額をもっと増やせ」
「…でも…」
「でもはなしだ。じゃあ、行くところを決めよう?」
綾世がにこりと笑うと莉央はしぶしぶ頷いた。
「ここがいい」
「高いです」
「ここがいい!」
莉央のPCで一緒に見ながら綾世が言えば莉央が却下する。
「僕が出すんだから僕が選ぶ。だいたい離れみたいなところで、そんな…部屋付きの風呂あるとこ、なんて…お前が言った条件満たしてるんだから!」
「だって…他人の目あるとこでなんて綾世さん見せたくねぇし」
「男なんだから普通気にしないだろう!」
「いえ、絶対見られます」
「じゃ、ここでいいだろ」
「あっ!!!」
綾世がぷちっと日帰りコースを申し込むをクリックした。
「……僕だってこういうとこ行くのは初めてなんだ。少しいいとこに行ってみたい。今まではずっと働き詰めだったし、行く相手もいなかったから」
「……ああ、もう!そんな可愛く言われたらもう!じゃあ、今度行く時は俺出しますから!」
「…また、どっか行く?」
「行きましょう?」
莉央がにっと笑えば綾世は小さく頷く。
また楽しみが増えた。
「……いい、んだろうか…?」
「何がです?」
莉央がPCの前で申し込みの打ち込みをしている綾世を後ろから抱きしめてくる。その莉央の声が耳元に聞こえるだけでぞくりと身体が震えてしまう。
「…だって…楽しい、から」
「……普通それでいいと思いますけど?」
「そう、か?」
「もっと楽しい事増やしましょうね?…つうか、綾世さん…どんだけですか…」
はぁ、と莉央が溜息を吐き出す。
莉央は彼女ともこうして出かけたりしたんだろうか?
…したんだろうな…。
過去の事だけど、ちょっと綾世の心にささくれが生まれる。
そんな事を思うのは間違っている、と分かっているけれど、ちょっと面白くないと思ってしまう。
ちらっと莉央を見上げると莉央は首を傾げた。
「なんです?」
「………何でもない」
莉央がくすっと笑って綾世の耳にキスした。
「会社の慰安旅行以外で誰かと温泉は初めてですよ?」
「……別に聞いてない」
「そうですか?」
だからどうして莉央は綾世の気にする所が分かってしまうのか?
何を聞いたわけでもないのに莉央が答えを言ってくれれば、たったそれだけの莉央の言葉で綾世の少しだけ黒くなった心が洗い流されていく。
申し込みを終えてPCを閉じると綾世は向きを変えて莉央の首に腕を回した。
莉央は黙って綾世を抱え込み電気を消して寝室に向かった。
テーマ : BL小説
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