「綾世さん…」
眠っていた綾世の耳に莉央の声とキスが降ってきた。
「ん……?ぁ……?」
声を出そうとしたらかなり掠れていてうまく出せない。
…そんなに声をあげた、のか…?
「うわ……声が…すみません……大丈夫ですか…?」
莉央がベッドの端に腰かけていた。
すでにもうスーツを着ている。
「り、お…ぅ」
綾世は喉を押さえ、顔を赤くしながら咳払いした。
「あ……」
莉央のネクタイが…。
「うん。さっそくつけてみました。いい?」
こくこくと綾世はちょっと照れくさいながらも頷く。そして莉央も照れくさそうにこめかみを掻いていた。
変じゃなくてよかった。莉央にも喜んでもらえてよかった。
「俺もう行く時間なんすけど…綾世さん…大丈夫?」
「大丈夫、だ…」
身体は重いけれど、声は掠れてるけれど…。
今日は綾世も早めに店に行かなければならないんだ。
起き上がろうとすると莉央が手を貸してくれる。そこまでヤワでもないのに。
起き上がった綾世に莉央がさっとタオルケットを巻きつけてきた。
確かにまだ何も着てはなかったけど?
「目の毒です~。もう…行きたくなくなってしまいますよ」
「?」
くすくすと莉央が笑いながら綾世を抱きしめてキスする。
そして綾世はそのままタオルケットを肩から体に巻いて起きあがると、ずるずる引きずりながら、莉央が会社に行くのを見送るために玄関までついていった。
まだ頭はぼうっとしているけど、ベッドから出て見送るのは初めてだ。
「じゃ行ってきますけど…。時間あれば店に行きますね?行くけど…綾世さん本当に大丈夫すか?」
「大丈夫だ。莉央…いってらしゃい」
「ん、行ってきますね」
玄関先で軽くキスする。
なんか照れくさい。
そして莉央と離れがたい。
綾世がそっと手を伸ばして莉央の袖を掴んだ。
昨日は一日濃密な時間を過ごした。
莉央の誕生日で特別な時間。
今日からまた普通の生活だ。
莉央も何度も軽いキスを繰り返す。
…また莉央も綾世と同じように思ってくれているのだろうか?
「マジでヤバイ!行って来ます」
「うん。いってらっしゃい」
名残惜しそうにしながらも莉央はばたばたと出て行った。
綾世はぼうっとしたままの頭をすっきりさせるために軽くシャワーする事にした。
浴室に入ると鏡に自分の身体が写って思わず真っ赤になる。
目の毒だ、と莉央が言ってたけれど身体中いたるところに赤く鬱血した痕が散らばっている。
鏡を見ないようにしてそそくさとシャワーを済ませると洗濯物があったのを見つけた。
昨日は帰ってきてそのまま莉央と…それで回せなかったのだろう。
莉央もシャワーは浴びたのだろうけど時間ぎりぎりだったのか…?
綾世はくすっと笑って洗濯機を回した。
それでも朝食は用意されていて、着替えをしてからそれをいただく。
いつもと同じ朝。
テーブルに置かれた綾世の為の弁当。
莉央の弁当用も土曜日の内に用意してたので、莉央はそれを詰めて持って行ってるはず。
…多分普通の家庭より食生活はかなり充実しているだろう。
男二人のはずなのに…。
おかしくなって綾世は一人でくすくすと笑い出した。
笑えるというのが幸せだ。
綾世は家のやる事を終えていつもよりも早めの時間だが店に向かう。
身体は重いけれど仕込みを今日は多めにしなくてはならない。
「あ、あー…」
喉を押さえながら声を出してみる。
まだいくらか掠れてはいるけど気になるほどではないだろう。
嬌声のあげすぎで声掠れるってナイだろ…。
思い出せば綾世は自分で恥ずかしくなってくる。
…莉央も綾世も止まれなかった結果だ。
思いに浸ってる暇はない、とぱんと頬を叩いて忙しく綾世が動きだした。
でも一日声は掠れてて、パートにもバイトにも風邪ですか?と聞かれるのにかなり動揺したが、そうだ、と頷く事にしてなるべく話をせずに黙々と仕事をこなした。
莉央が途中でやってきてあれこれと気遣われるのに気恥ずかしくなって大変だった。
でもそれもこれも全部が幸せな事だ。
恥ずかしいは恥ずかしいけど…。
そしてその日店宛に現金書留が届いた。
パートでいた木村さんからだった。
中を開ければ合わなかった金額がそのまま入っている。
手紙も何もないけれど、自分の罪の意識に負けて送ってきたのか。
これで自分がした事がなくなるわけじゃないけれど、それでもきっと心情的には楽になったはずだろう。
これからきっと事ある毎に自分がした事を思い出すのかもしれない。
それでもこうして送って返してきたという事は自分に罪の意識がある証拠だ。そしてそれを無くしたいとも思っているはず。
これでよかったのかどうか綾世は分からないけれど、封筒を見てうっすらと表情を和らげた。
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