「川嶋さん」
ホール係のパートの人がそろそろと厨房にいる綾世に話しかけてきた。
店長とかと呼ばれるのも嫌でバイトにも名前呼びでいいと綾世から言ってるので皆゛川嶋さん゛と綾世を呼んでいる。
「あの、雑誌の取材とかって…人が来てますけど…」
「……取材?」
綾世は眉間に皺を寄せた。
時計はもう2時を過ぎていた。ランチが終わって客が帰れば店を一旦閉める時間だ。
綾世は仕方なしにホールに出て行った。
「川嶋と申します」
いたのはカメラマンとインタビュアーか?
「グルメ雑誌のものです。すみません、アポもなしで。前から投稿は来てたのですが、今日は偶然に近くまで来たもので急に思い立って寄ってみました」
名刺を差し出されたのを綾世は受け取った。
「申し訳ありませんが取材はNGで」
「ええ!ダメです、か?」
「はい」
綾世ははっきり断った。
メディア関係は一切入れるつもりはなかった。
「川嶋さん?随分と綺麗ですけど…あなたが写って店を紹介したらいい宣伝になりますよ?」
「しません。紹介もしてもらわなくて結構です。それでは」
ぴしゃりと綾世は断って外に追い出した。
「え~!断っちゃうんですか!?勿体無い~~」
パートの人が残念そうに言うのに綾世はふっと鼻で笑う。
「紹介されたらとんでもなく大変な事になってしまいますけど?」
「あ~~~…そうですね…」
この人は毎日のように入ってくれている人だ。席数が少なくても満席になればばたばたする。それが外にまで行列になったらを考えたのだろう。
確かに、と頷いている。
「いいんだ、小さくで…」
綾世は微笑を浮かべた。
「雑誌!?すごい!」
「いや、断ったよ」
莉央が配達の物を持って顔出しにきたのに貰った名刺を見せた。
今は夜の分の仕込み時間で店には誰もいない。
「そうなんですか?そういやHPも作ってませんよね?」
「ああ。席数も少ないしコレで十分だ。今だってちゃんと人も入ってるし、これ以上増えた方が大変だから」
莉央は名刺をじっと見ている。
「う~ん…確かにね。こんな雑誌に紹介されちゃったらとんでもない事なっちゃいそ。今だって宣伝してなくても口コミでいつも満席ですもんね」
「まぁ…嬉しい事だ」
「ですね!料理綺麗だし、おいしいし!当然でしょうけど」
莉央が得意そうに笑うのに綾世も笑ってしまう。
「よかった。綾世さんが雑誌に紹介されちゃったりしたら俺、心配で仕事になんなさそうすもん。それより、本当に綾世さんの料理ってすごいと思うんですけど、値段あれでいいんですか?普通の店の値ですよ?それこそミシュランとかに紹介されてもいい位だと俺思うけど…」
「いいんだ。ばか高い値じゃなくたって。僕はこれで十分だ。自分で作って提供してそれで幸せそうな顔を見られれば…。美味しかったのでまた来ますって言葉とか、デートで夜にまた来ますとか、厨房にいても聞こえてくるのが嬉しいから」
莉央も優しい顔で綾世を見ていた。
全部が充実している。
「12月になってもうディナーの予約いっぱいでしょう?」
「…詰まってるな。クリスマスはもう空いてない」
「…ですよね」
はぁ、と莉央が溜息を吐き出してちらっとカレンダーを見る。
いつもだったら日曜は休むけれど、さすがにクリスマスは予約が入って店を開く事にしていた。
「22、23、24日って土日祝日で俺も手伝えますけど。25日って休みじゃないんですか?」
「休まないな。何故?」
「だって!綾世さん誕生日でしょ」
あ……。
綾世は憮然としてる莉央を見つめた。
「いいよ…もう29になるんだぞ?」
「見えないすから」
見える見えないの問題じゃないと思うけど。
「莉央…何日から年末休みだ?」
「俺?28日からです」
「僕はクリスマス出る分早くに休もうと思ってたんだ。27か28日位から。その時一日出かけよう?それでいいよ」
「え~~~~…」
莉央がむぅっと面白くない、という顔をする。
「……クリスマスだから仕方ないですけど!まさに綾世さんのディナーはデートにもってこいですし!分かってますけど!でも誕生日は誕生日なのに…。俺ん時だけいっぱいもらって綾世さんは仕事って…」
「今年はたまたま莉央の誕生日が日曜だったから、これが月曜日だったら莉央だって仕事行くだろ?」
「そうですけど。でも綾世さんクリスマスだからって言ったら、誕生日は絶対休みに当たらないじゃないですか」
そりゃそうだ。なんといってもクリスマス時で稼ぎ時だ。
「いいよ。莉央がおめでとうと言ってくれるだけで。…別に僕にとっては目出度くもないけど」
「そんな事言わないで下さい」
莉央はずっと口をへの字に曲げたままだった。
テーマ : 自作BL小説
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